新しい学校

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 水川朝陽は親の仕事の関係で、九州から奈貝浜中学校に転校した。  地方のーーしかも九州という、陸ごとかけ離れた場所から、奈貝浜という日本の中心地に。  本州に足を踏み入れたのは、物心ついてからは初めてだった。親戚はみんな九州圏内に住んでいて、小学校の修学旅行も長崎。  3歳のころ、両親と東京に旅行に行ったのが本州での唯一の思い出だ。  それだって、大きくなってから聞かされただけで、頭にはまったく残っていない。 「水川は九州から越して来たんだよな?」  後ろにつけられていたはずの敬称はすでに削られ、親しげな笑みがこちらに向けられる。  馴れ馴れしい態度に嫌悪感はなく、むしろ一刻も早く壁を取り除こうとしてくれているその気遣いがありがたかった。 「あ、はい」 「先生も旅行で行ったことあるけど、向こうはちょっと暖かいよな。こっちは寒いぞー」 「住んでたところは、大分の北部寄りの方だったので、大きくは変わらないかと」  そうなのか、と松村はただでさえぎょろぎょろとして大きな目を、さらに見ひらく。 「それなら心配ないけど、油断して風邪引かないように。ーーじゃあ、水川の席はあの1番後ろだ」  松村の指さした席は、一番後ろの、窓側から2つ目。  人数の関係からか、きちんと整列された他の机から、まるで余りものみたいに、ぼこっとはみ出していた。  唯一救いなのは、朝陽の席だけが余り物ではないことだ。  隣に、もう一つはみ出しものの机があった。  どうやら今は、主の姿はないようだけれど。  朝陽が歩き出すと、教室中の目が自分を追った。  けれど誰一人何も言わない。  緊張しているのか。  あるいはもともと、このクラスの空気なのか。  もしかすると、歓迎されていないのだろうか。  さすがの朝陽も少し不安になり、心臓がきゅっと小さくすくみかけた。  ーーそのとき。 「あ、そうだ。水川」  松村が思い出したように言った。 「転校してきてすぐで悪いが、二週間後に定期テストだ。わからないところがあったら、各教科の先生に教えてもらえ」 (定期テスト……)  それを聞いた瞬間、朝陽の中の全身の血が騒いだ。  ある意味、本能のような働きで。  そうだ。自分には勉強がある。  前の学校でも、自分は皆に勉強を教えることで人間関係をより良く保つことができた。  朝陽は失いかけた覇気を取り戻し、自信に満ちあふれた表情で松村のほうをぱっと振り向いた。 「ああ、それは大丈夫です。向こうの学校でもいつも3位以内には入っていたので」
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