5話

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 今までは朝陽が何をしゃべりかけても『うぜえ』の一点張りで寝てばかりいたのに、最近は、こっちが話しかけずとも、ぺらぺらと話す。本を読んでいても、だ。   ついには心の声まで流し始めた。  へんなやつ。勝手なやつ。気分屋。  本人に気づかれないよう頭の中で悪態をついていると突然、秋吉がくるりと首をひねって、こちらを見た。  心の声が表に出たかと思い、びくっとする。 「ーーお前はさ、なんかねーの?」 「え?」 「やりたいことだよ。勉強ばっかしてるからさ、なんかやりたいこととかあるんじゃねーのかと思って」  突然、何を訊かれるかと思えば。  たしかにやりたいことはある。  大学に進学した後、海外に留学して、そのあとは大学教授か教師になりたい。  理由は二つ。  自分で新しい発見をするより、誰かが得た知見や知識を取り入れるほうが好きだから。  そして、知識を取り入れるのと同じくらい、人に教えることが好きだからだ。  ……最近は誰かのせいで挫折気味だけど。  でもこの場で言うのは、さすがに気が引けた。  なんかもっと軽い、ポップなやつ。  どうしようかと考えたあと、ああそうだ、と思いつく。 「県立図書館の徒歩10分圏内に住みたい」  は、と秋吉の顔が固まった。 「今、僕の家から図書館までバスで30分かかるんだ。これが意外と大変で。でも近くなら、学校帰りや仕事帰りでも行けるし、これだけ近ければわざわざ本を借りなくったってもいいだろう?」 「……なにが楽しくてそんなものの近くに住むんだよ」 「え?なんで? だってあらゆる知識がそこにあるんだよ」  「オレからすればわざわざ嫌いなやつの家の隣に引っ越すようなもんだね」  想像でもしているのか、秋吉は苦痛そうにこめかみにしわを寄せた。 「……つーかなんで”県立”? 市立図書館だったら、最近、駅の近くに移転しただろ、たしか」 「そりゃ市立図書館に比べて、本の数が桁違いに多いからに決まってるだろう」 「いや知らねーし」  秋吉の顔や口調は、車の話を聞いているときの朝陽みたいに、まるでついていけない、というような感じだった。  けれど一度スイッチの入ってしまった朝陽の口は止まらない。  秋吉の興味のあるなしはそっちのけで、”図書館”への愛を語りつづけてしまった。
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