新しい学校

6/8
前へ
/83ページ
次へ
大声を張り上げたように、教室の後ろの扉が勢いよく開いた。  教室の空気が一変し、甲高い声で笑い合っていたクラスメイトたちまでもが視線をそこへ集中させる。  一体なんだ、と、朝陽は消しゴムを拾うのも忘れて扉のほうを見た。   「あーうぜー」   そう言って、中に入ってきたのは一人の男。  180センチを超える長身、肩にかかる長い金髪、眉毛がほとんど剃られているせいか、やたらとするどく見える眼球、見ているだけで痛々しいほど何本もつけられたピアスーーいかにも漫画やドラマでいう、不良のような風体の男だった。 (なんだこの人……) 「あーうぜー。まじうぜー。うん?」  男はけだるそうに、教室の後ろの空間をどかどか歩く。そして朝陽の後までくると、ピタリと止まった。 「だれこいつ? 」  ナイフで刺されるような鋭い眼。  驚いた朝陽は、反射的に目をそらしてしまった。  やばい、と思ったがそれ以上何か言われるわけではなく、不良は「よいしょ」と席につく。  嫌な予感は的中した。  そいつが座ったのはあの一週間空席だった窓側の席 ーー朝陽の隣だった。 (最悪だ……)    前の学校にだってこういった派手な格好をした生徒は何人もいた。  けれどなるべく関わらないようにしていたし、そもそもクラスも違って話す機会もなかった。  しかも、ここまでの強烈な見た目でもなかった……気がする。  隣の席がヤンキー。  今まで可能性として頭に過ぎらなかったわけではないが、まさかこんな絵に書いたような不良が隣の席だったなんてーー。  この時に限っては、転勤せざるを得なくなった父の仕事を恨んだ。  そのときだ。  バサッ  今度は机の端に積んであったノートと教科書までもが落下する。  しかも左側の隣の、朝陽の机にほど近い場所に。 (最悪……!)  ただでさえ関わりたくないのに、こんな失敗をおかしてしまうなんて。  朝陽はヤンキーに目を合わせないようにして、慌てて手を伸ばして拾う。  しかし、ななめ上から強烈な視線を感じた。  確認せずともこちらを見られているのがわかる。  やばい。やばい、やばい。  迷ったが、無視するほうが怖かった。  いくら関わりたくない相手でも、初対面として挨拶くらいはしなければ。  ノートを拾い上げ、体を起こしながら、彼に向き直る。 「あの……転校してきた水川です。よろしく」  にこやかに。さわやかに。  けれど金髪男は頬杖をついたままだった。  不思議なタイミングで挨拶してしまったからだろうか。 「てんこーせー?」  金色の髪がゆれる。 「……なんだよ、せっかくここ、特等席だったのに」  彼はそう言って、口をとがらせた。  ここ、というのはほかの列から一つはみ出し、左右後方がら空きのこの席のことだろう。残念ながら今、右隣は朝陽の席が追加された。  朝陽からするとクラスの集団からはみ出た余り物の席に見えるが、彼からすると隣に気を遣うことのないVIP席。  朝陽が引っ越してこなければ、VIP席は一つのままで、自分だけの悠々自適な生活を送れていた、そういう意味だ。  それは彼にとってなんでもない一言だったのかもしれない。    けれど、お前の存在は迷惑だ、と言いたげな言葉に、朝陽の笑顔は固まってしまった。 「ははは……」  朝陽は、なんとか笑顔でごまかしながら、彼との会話を切り、自分の席に座り直す。 (ああ最悪だ) (こんなヤツが隣なんて、本当に最悪……)      その時、バッとまた勢いよく、今度は前方の扉が開いた。  なんだなんだ今度は。
/83ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加