海の向こうのメッセージ

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遥か昔、ある小さな村での事です。 海に面するその村に住んでいた少年は、波打ち際で青色に光る瓶を発見しました。 開けてみると、中には手紙が。 『貴方の笑顔を見たいです。』 「これは、村の誰かに向けたボトルメッセージだ……!」 少年は、ドキドキしながらもそのメッセージの主と送り先を考えました。 しかし、それは簡単には分かりません。 翌日。今度は浜で若い女性が別のボトルメッセージを拾いました。 『早く会いたいです。』 そのまた翌日には、散歩をしていた老婆がボトルメッセージを見付けます。 『いつまでも、貴方の事を想っています。』 こうして毎日の様に届くボトルメッセージに、村の者達は不思議がりました。 漂着するボトルメッセージを書いた者はおろか、その相手すらも村人たちには心当たりが無かったからです。 けれど、誰かが誰かに対して「届けたい思い」があるからこそ、こうしてメッセージを幾つも書いているのは明白でした。 そこでその願いの籠もった手紙に対して、村の誰もが『この思いを本人に届けてあげたい』と考えました。 それには、まず『誰がこの瓶を流したのか、そしてどこにいるのか』の情報が必要です。 そこで、それらを知りたいと思った村の若者の一人は決意します。 「この瓶の送り主を探しに行こう!」 こうして彼は仲間たちと共に船を出し、村を出てメッセージの送り主を探し始めました。 海を渡り、嵐を乗り越え、彼らは遂に小さな島へと辿り着きました。 そこには一人の若い男性が住んでいました。 話を聞くと、彼は長い間「愛するもの」と離れており「彼女に届けたい気持ち」を込めて瓶にメッセージを詰め、海に流していたというのです。 「その女性は、どこに住んでいるのか……分かりますか?」 村の者が訊くと、青年は微笑みました。 「ええ、分かります」 「うちの村では無いですよね?」 「はい。彼女は――この海、そのものなのです」 首を傾げる者達へ、青年は説明してくれました。 驚くべき事に彼の「愛するもの」とは、若者達が住む村の誰かではなく「海そのもの」でした。 彼は昔、海の中に住んでいた精霊だというのです。 「でも、もう僕は人間界での生活に疲れました。それで愛する海へと還りたいと願っていたのです」 若者達は彼の願いを聞いて、村で祈りを込めた祭りを開きました。 青年はとても感謝し、ほっとした笑顔で言いました。 「これで僕は海へと還る事が出来ます。僕の『届けたい』という気持ちは、貴方達の心にも届いていたのですね」 そして海へと消えゆく青年は、最後に 「どうか貴方達も『大切な人』へと思いを届け続ける事を、躊躇わないでください」 と言い残して、いなくなりました。 村人達はその言葉を胸に刻み、お互いに感謝の気持ちや愛情を「言葉にして伝える」という文化が根付くようになりました。 そして今でも村では毎年、海に向かってメッセージを送る祭りが行われています。 それは、愛する人への思いを届けるための、大切な儀式となったのです。
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