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 悪魔の囁きが左耳から通り抜ける。 「まさか、そんなの誘拐になる」 「お母さんに許可取れば?」 「私、真尋のこと育てたいって少し思っていて、でもそんな覚悟も勇気もなくて、口だけなんですが」 「殴られてても? それでも返す?」 「ええ? 真尋殴られてるんですか?」 「前謙斗が一緒にお風呂入ったとき見たって、そんな大きい傷じゃないけど」  自責の念に苛まれた。真尋からのSOS、私はどうして気づかなかったの。私はお母さんのところへ戻してはいけない。だけど私には法的に権利がない。真尋を守ってあげられない。 「花火終わったー桃食べるー」  私が今後のことを考えている間に呑気な顔で真尋は机によじ登り子どもようのカラフルなプラスチックの爪楊枝のボックスの蓋を開けて何やら少し考え込んでいるようだった。  そして、えいっ! と決めたのは青い爪楊枝。 「真尋青好きなの?」 「はい!」  そして今からどれだけの糖度が待っているのか、そんな期待に満ち溢れた顔をして桃をひとつ頬張った。 「んー、甘くて美味しい」  いつもの目が細くなる真尋の表情、美味しすぎて落っこちないように頬を押さえていた。
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