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「まひ……」  病室から出た真尋に声をかけようとしたけど真尋は真尋のお母さんに抱き抱えるようにしてまるで隠されるように去っていった。 「あの、真尋の荷物は」  そう言うと真尋のお母さんは踵を返しこちらへ向かってきた。そのすきに真尋のお母さんの後ろにいる真尋の顔を確認する。さっきの赤みを帯びた顔はすっかり引いていた。アレルギーはないと聞いていた。だけど桃は食べたことがないと言っていた。完全に私の失念だ。「ごめんね」口の動きだけでそう伝えた。それに気づかれて真尋のお母さんはキッとこにちらを睨んだ。すぐ視線を落とす。 「こちらに送ってください、お世話になりました」  ロボットのように、いや、今どきのAIならもっと抑揚がある。こんな無機質な言葉は吐かない。そう考えると最近のAIってすごいな、なんてどうでもいいことが現実逃避をするようにふと頭を巡った。  最後にもう一度、真尋の顔を見る。真尋は不安そうな顔でこちらを見ていた。私は溢れてくる涙を抑えきれなかった。鼻腔の奥がツンと痛んで、顔、それはしだいに体全体を熱くする。滲んだ視界、可愛い真尋の笑顔が歪んで見えなくなる。
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