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 職員さんの方を一瞥して小さく頭を下げた。そして踵を返し私は振り返ることなく児童養護施設を後にした。鞄を抱きしめていた両腕が震えている。さっき抱きしめた真尋のぬくもりが残っている。  連れ出して、カレーを与えて、それからどうするのか、一緒に暮らすのか、真尋のお母さんを説得するのか、自分が育てるのか、そんなことを何も考えず(厳密には何度も考えてはいたけど答えが出ず)私は真尋と約束をした。無責任な約束をした。  夜の帳が下りるのを待って、身を隠すように児童養護施設へ向かった。真尋の姿はなかった。夜の闇に身を隠すようにじっと明かりが消えるのを待った。どのくらい待ったか分からない。少し冷静になった自分もいた。真尋は来ないかもしれない。真尋の選択は私の願いと違うかもしれない。  ふうと大きく息を吐きシャツを掴んで何度か体に風を送った。まだ湿度が高い夜風が不快に体にまとわりついていたからだ。  午前零時を待って家に帰る。時間を何度も確認する。盛れた光で私の存在がバレてしまわぬように慎重に。
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