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でもね、スサ君の方はクシナさんのこと、気になってたみたい。時々チラチラ顔を盗み見てたし。
三、
翌日、スサは学校に登校して来なかった。
事務室に尋ねたが、スサ本人からも父親からも、病欠等の電話連絡は無かったそうだ。
更に悪いことに、クシナも休んでいた。こちらは家から連絡があったそうだ。体調が悪いから病院へ行ってくる、とのことだった。
我の強いお嬢様と、無口で内心に籠る少年。「死ぬ」の口喧嘩の後、二人同時に学校を休んでいる。
厄介なことになりそうな予感がした。
昼休み、日暮はクラス委員の女子生徒を呼んだ。丸顔でぽっちゃりとした愛嬌のある少女だった。面倒見の良い子で、彼女の机の周りにはいつも女の子たちが群れていた。
「クシナさんは気の強い人だからね。ヤマの女の子のリーダー格だから。」
倉水の町の人々は、その成立ちから三つの縄張りに分かれるらしい。
元々この森林の土地に住み着いている、『ヤマ』と呼ばれる木樵を祖先とする集団。現在でも、林業従事者のほとんどがそうだろう。
二つ目が、明治維新以降、この町が発展する切っ掛けとなった、『テツドー』と呼ばれる人々。軍事用木材を運搬する鉄道関連の技術者や事務員の家系の一族である。
「ヤマの連中とテツドーの連中は、ずっと昔から仲が悪かったものね。まあ、わたしみたいな『ハタ』の子が潤滑油かな。」
委員長は可笑しそうにニコニコ微笑んだ。
『ハタ』とはこの町の狭い平野部で、ずっと農業に従事してきた者たちのことだ。今では田畑より、商店や飲食店などのサービス業を兼業とする人口の方が多いかもしれない。
「クシナさんは先祖が木樵さんだから、口は荒いわ。機嫌が悪いと、うるさい! 黙れ! とっとと消え失せろ! とかね。
黙ってれば、ちょっとした美少女なのにね。」
「転校してきた連中、たとえばスサなんかとはどうかな。」
日暮は遠回しに尋ねてみた。
「スサ君はあんまり目立たない人でしょう。
元々この土地の人じゃ無いし。彼自身、距離取ってたのかなあ。
だから、クシナさんとは、大きな衝突やトラブルはなかったと思う。」
そうは言いながらも、委員長は小首を傾げると、可愛らしく口をすぼめた。
「でもね、スサ君の方はクシナさんが気になってたみたいよ。クシナさんの家の近所のこと聞かれたことあったし、時々ちらちらクシナさんの横顔を見てたし。」
放課後、日暮の担任の生徒の中で、テツドー組の頭そうな男子生徒を捕まえた。外見は粗暴に見えるが、根は気の良い男だった。
校庭の隅で、此方には真っ向から尋ねてみた。
「誰か、クシナとトラブってなかったか。」
「あの我がまま白イタチか。あっちこっちで、見境なく噛み付いてるぞ。首根っこ捕まえて、蒸気罐の中に放り込んでやりたいわ。」
日暮は腹の中で舌打ちした。生徒どうしでもヤマとテツドーの対立はありそうだ。
「スサとは何か、なかったか。」
「おお、先生、アレ知ってるんか。オレは直接スサに言ってやったよ。お前はたいした奴だって。」
テツドーの少年はちょっと目を剥いた。
「たまたま見てたんだ。半月ほど前、クラス対抗の球技大会があっただろ。スサはいつものようにグランドの端に座って、黙って観戦してた。
そうしたら、あの娘イタチが取り巻きを連れてやってきて。」
日暮にも少年の憤懣が伝わってきた。
「あの女、スサに向かって、
『どけよ。臭いんだ。さっさとあっちへ行け。』
聞いてて、オレも腹が立ってきた。もし、スサが言い返すなら、一緒に悪態を付いてやろう、と思ったんだけど。」
少年は少し不服そうに口を尖らせた。
「スサはしばらく白イタチの顔を見返しただけで、黙って腰を上げてどっかへ行っちまった。
あいつ、人間が出来てるのか、それとも、根性無しなのか。」
その夜、日暮は下宿の部屋で溜め息を付いていた。暑くて寝苦しいのに、更に落ち着いて眠れそうになかった。
「臭いからあっちへ行け。」少女はスサにひどい悪態を付いた。
その侮辱を恨んで、男子生徒スサは呪いの言葉を吐いたのだろうか。
可愛さ余って憎さ、てヤツか。
オレに暴言を吐いた天罰だ、とばかりに。
それを過敏に受け止めてしまったのだろうか、地元林業の元締めの娘は。
やれやれ、だ。
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