2. 旧林業試験所

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 林業試験所の管理棟の壁面は、古びて所々コンクリートがひび割れていたり、剥落している。まるで、幽霊譚に出てくる廃ビルだった。 六〜一、 「この山系に棲むムササビは巨大でな。長さが1メートルもあるんだよ。」 「また、そんな大げさ言って。」  通り掛かった生物の女性教師が古文教師の肩をポンと叩くと、ニヤリと日暮を見た。 「大きなものだと、頭と胴体は50センチ弱くらいで、尾っぽが40センチもあるかな。伸ばすと90センチくらい。まあ、日本に生息するムササビとしては最大クラス。  とは言ってもねえ、ムササビって日本にしか棲んでないけどね。」  ビール瓶を持った女性教師は笑いながら通り過ぎた。 「それでも、本体が50センチってスゴイですね。」  日暮は老教師に愛想笑いを浮かべた。 「ちょっとした犬くらいはありそう。」 「それだけじゃないんだ。この森林の奥に棲むムササビは、古来から強い呪詛の霊力を持つとされてきた。殺しても、生き返って祟る、という言い伝えがあるんだ。」 「言い伝えの根っこは多分、無闇に生き物を殺して、森の生態系を狂わすな、ということだと思いますよ。」  横で聞いていた教務主任が付け加えた。 「さて、『ムササビ凧』だがな。」  興が乗ってきたのか、古文教師は座の先生たちをぐるりと見回した。 「頃は戦国時代よ。隣国の領主がこのヤマを襲ってきた。多分、軍事上の進攻路を確保したかったのだろう。  山人たちは、ムササビを殺して皮で凧を作り、敵地の陣に飛ばしたそうだ。凧は隣国の軍勢の頭上に降りそそぎ、ムササビの霊が敵の兵士に取り憑き呪い殺した、と記された古文書が残っとる。」  ザワザワ賑わう店の中で、老教師は頭を付き出すと声をひそめた。 「これからが面白くなるんだ。第二次大戦末期の頃だ。  軍がこの山郷に秘密裏に工場を造り、風船爆弾を製造しようという計画があったそうだ。気流に乗せて、アメリカ本土を攻撃しようという軍事作戦でな。  この山系が選ばれたのは、その伝説の呪殺のムササビを大量に捕まえて、風船爆弾に仕込んで呪詛を封じ込めようという算段よ。」  そこで、古文教師はニヤリと笑うと、赤くなった首筋をピシャリと叩いた。 「勿論、一種の都市伝説だけどな。」
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