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六〜ニ
酒の席でのそんな与太話を思い出しながら、日暮はスサの住所に向かって歩を進めていた。
森林の方角からクルルル、クルルルと聞こえてくる。何の鳥の啼き声なのだろう。それとも、獣か。
そろそろ陽も傾き出していた。
行く手の木立ちの向こう、突如として巨大な建物群が目に飛び込んできたのだ。
広い駐車場の先に四、五階建てのコンクリート構造物が一棟聳えていた。以前は本部の管理棟だったのだろう。
その奥に、住居用らしき二階建ての集合住宅。工場跡だろう四角い平屋の建築物。それぞれが幾棟も立ち並んでいた。
その向こう、陽にキラキラして見えるのは、用務員の老人が言っていたドジョ池、貯水池に違いない。
ただ気になることがあった。風がヒューヒューと吹き抜けているのだ、何ら動くモノに遮られていないように。
日暮は敷地の中に足を踏み入れると、先頭の管理棟の周囲をぐるりと見て回った。
壁面は古びて黒ずんで、所々コンクリートがひび割れていたり、剥落している。夕暮れの中で幽霊譚に出てくる廃ビルもどきだった。
どの入り口の扉にも鍵やらチェーン、南京錠がおりている。窓にも鍵が掛けられて暗幕が引かれていた。
棟の周囲からは、人の気配や物音は全く感じられない。
おい、おい、無人の空きビルかよ。
日暮の口から溜め息が漏れた。だが。
通って来た灌木の道から回り込んだ建物の反対側に、硝子扉の入り口があった。
ただ一箇所、その中から薄明かりが漏れている。
扉の脇に古ぼけた厚い木の板が二枚、外されて無造作に置いてあった。なにかの看板のようだが、表面は雨ざらしですっかり黒ずんで霞んでしまっている。どちらも最後の二文字だけがどうやら『野局』『究所』と読めた。
近寄って両開きの硝子戸の取っ手を引くと、扉はスッと開いた。
ほっとして、日暮は入り口の内側、薄暗いエントランスの中に足を踏み入れた。
「すいません。どなたか、おられませんか。」
中に向かって、二度三度声を掛けた。
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