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建物の中はどの階もまるで廃墟のようで、まとわりつく静寂で耳鳴りさえしてくる。
暗闇の圧迫感で、次第に鳥肌さえ立ってきた。
八、
目が覚めた。日暮は寝惚けた眼で周囲を見回す。
どこなんだ、此処は。
どっと記憶が押し寄せてきた。頭を振ると、慌てて横になっていた黒革のソファーから飛び起きる。
一体、オレは何してるんだ。
ハッとして腕時計を見る。針はもう七時近い。
ここに来たのは、夕暮れ間近の四時少し前だったはずだ。三時間近く寝ていたことになる。
窓に近寄って一気にカーテンを開ける。夜気が日暮の寝呆け気味の顔を打った。
外はすでに真っ暗だった。
確かに昨日の夜は、スサとクシナの諍いの件で寝付きが悪かった。とは言え、こんなところで、こんなにも長時間寝落ちしてしまうなんて有り得ない。
何か薬でも盛られたのか。
もう一度部屋の中を見回してみる。どこも変わりはなかった。ただ、ガラス机の上のペットボトルとグラスをのせた盆が消えていた。
あの馬面の大男が、オレの寝ている間に持って行ったのか。
ひょっとして監禁されているのでは。
慌ててドアに突進した。幸いなことに鍵は掛かってなかった。部屋の外に飛び出す。非常灯の微かな明かりの他、廊下は真っ暗だった。
誰かいませんか。
声を張り上げながら、廊下に面したドアを次々と開けていく。
誰も出てこない。どこもガランとして手応えがなく、人の気配は感じられなかった。
廊下の端の階段から、二階に上がってみる。二階のどの部屋も、やはり人のいる気配はない。
最初にエントランスで声を掛けて大男が現れた時間や、盆を持って戻って来た数分からして、三階より上は考えられられない。それでも三階、四階と上って見て回った。
廊下に机や木箱などが散乱していて、暗くて足元が覚束ない。荷物が塞いで入れない部屋さえあった。扉が開いても、どの部屋もがらんどうで、うっすら黴臭くさえあった。
あの大男は、元々この建物のどこにいたんだ。そして今、どこへ行ってしまったんだ。
日暮は暗闇の中で周囲を見回した。
廃墟のような建物の中、シンとした静寂で耳鳴りさえしてくるようだ。
日暮はまとわり付く暗闇の圧迫感で、次第に鳥肌さえ立ってきた。
何か変だ。まるで悪夢の中にいるようだ。
兎に角、ここから出ないと。
日暮は踵を返すと、薄暗がりの中を走り出した。
階段を下り、廊下を駆けて一階のエントランスにたどり着いた。両開きのガラス扉を押し開けると、外へ飛び出した。
転がるように建物の外に出る。新鮮な外の空気を吸うと、思わずホッとして口から安堵の溜め息が漏れた。
見上げると満天の星空だったが、月は何処にも見えなかった。
日暮は管理棟から離れるように歩き出した。暗闇に並び立つ建物群のどこからも、電灯の明かりひとつ漏れてこない。
夜の闇の中で方向とか距離感を無くしてしまっていた。
兎に角、管理棟を大きくぐるりと回って、その後直進すれば来た道に戻れるはずだ。
暗闇に追われるように、日暮は足を早めた。
道の脇に生えていた灌木に沿って歩いている積もりだった。だが、いつの間にか灌木の中に入り込んでしまったようだった。
目の前の星空がふっと消えた。
突如として、行く手に高い樹々の影が聳え立っていたのだ。
どうやら森の中に迷い込んだらしい。
茫然と見上げる頭の上から、ギュルル、ギュルルルと突風のように甲高い喚きが降ってきた。
バサッと空を切り裂く物音が上がると、まるで日暮を狙うように四角い影が舞い落ちてきたのだ。
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