「あと、1回。」

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場所は校門のちょっと前、できた。時間を見る。8時20分。1秒もしないで着いている。便利すぎる。俺はゆっくりと教室に向かい椅子に座った。だが時間ギリギリになっても生徒はなかなかこなかった。 椅子に着席して少し経つとチャイムが鳴った。なんとか遅刻をしないで済んだ。瞬間移動ができてよかった。だがこれで二回使ってしまった。あと何回なのだろうか、焦燥感に駆られていた。すると遅れて生徒がぞろぞろと入ってきた、どうやら電車が遅延していたらしい。 あぁ、彼らも瞬間移動ができれば遅刻なんてしないで済んだのに。俺は嘲笑していた。可愛そうで仕方がない。しかし、ここで俺は自分の過ちに気づいた。電車が遅延していたのなら、遅刻しても問題なかったのではないか?実際、うちの学校の校則では遅延証明書が提出されれば公共交通機関の遅延が認められ遅刻扱いではなくなるし推薦だって取れるだろう。くそ、判断を誤ってしまった。無駄に使用してしまった。もう使えないのだろうか、試してみる度胸もない。  そんなことをずっと考えていたら学校が終わった。高校から最寄りのバス停まで歩いて5分。そこからバスに揺られて駅まで20分。そこから電車乗り換えありで40分弱だ。 合計で約一時間。あぁ、一時間もあったら瞬間移動だけで世界一周できるだろう。何回も。今まで普通に通学してきた時間がものすごく長く感じる。だが、ただの通学の時間に使うのはもったいないが過ぎる。そもそも、使えるか分からない。まぁだが二度あることは三度あるというし、三度目の正直なんてことわざもある。一回だけなら大丈夫か...?俺の中の天使と悪魔がひしめき合っている。決めなければ。 俺は普通に帰ることにした。また今度なにか大事なことがあるときに使おう。一回目の時や二回目のときのようにはならない。そう覚悟を決めておけば易々と使うことはない。例えば、本当にヤバい時、その場からすぐ消えてしまいたいとき、そんなときは来るとは思わないが。 バスを降りて駅に着いた。やけに長い20分だった。ここからまた電車で40分だ。本当に気が滅入る。だが座って寝ていれば40分なんて過ぎていくだろう。 うとうとしていたら隣の号車がやけにうるさいことに気づいた。何やら騒いでいる。 「いやあぁぁぁぁ!!」泣いているような声も聞こえる。人が次々と流れ込んでくる。俺は異様な事態に体が動かなかった。誰かから逃げているのだろうか。逃げ惑う人々の後ろにはここからでもはっきり見えるくらい巨大な牛刀を手にしている女が目に入った。そしてその牛刀は真っ赤に染まっていた。ポタポタと血のようなものが垂れている。血のようなもの、いや、血だろう。女の足元には人間が転がっている。 俺はようやく事の重大さを理解した。逃げなければ。人の濁流のような流れに俺は加わる。人がぎゅうぎゅう詰めで気を抜くと倒れてしまいそうだった。 俺を含む群衆はとうとう1号車、つまり先頭まで来てしまった。女はまだトボトボとこちらに歩いてきている。この女には生気が感じられない。まるで死んでいるようだ。死んでいるような人間が生きていた人間を殺めている。それはまるで死神のようだった。こんなことになるならあの時使っておくべきだった。 三上は悟った。どんなにすごいことができるヤツでも、たとえ超能力なんかが使えるヤツだったとしても、運命には逆らえない、運命は俺を逃がさない。  そして、俺を含む乗客はとうとう追い詰められてしまった。電車のドアが開くまで待つか、そんな猶予もなかった。 だが、三上には、三上だけにはこの状況から助かる方法があった。 今こそ使うときではないか。これで三回目。三度目の正直、成功するなんて分からない。場所なんてどこでもいい。ただ、ただあと一回だけ、あと一回だけできたらそれだけでいい。最後の瞬間移動。 俺は深呼吸をし、前を見た。その時女と目が合った。目をギラギラさせ、なにか呟きながら女は俺の方に向かってくる。なんでよりにもよって俺を狙ってくるんだ。俺は恐怖で堪らないなか、覚悟を決めた。 「1回だけでいいんだ。」 俺は口を震わせながら「あと、1回。」と呟いて目をゆっくり閉じた。 俺はすぐ目を開けた。やった。成功した。俺は助かった。 場所は、1番最初の腹痛で瞬間移動をする前のあの道だ。助かったという気持ちと同時に俺はあの時を思い出し、少し懐かしい気持ちになった。あの時はあんなくだらない理由で使用したのに、今度は命を救われてしまった。俺にはもう思い残しはなかった。 もう、使い切った。そのような気がした。 ほっと一息ついていると、後ろから足音がして俺は振り返った。 するとそこには、あの電車にいたはずの牛刀を持った女がいた。俺は真っ先に目を閉じ、目を開き、を繰り返した。この間2秒あるかないかだろう。 だが景色は変わらなかった、あれで最後だったのだ。 そして女は、「やっぱり、あなたも使えるのね。仲間がいて嬉しかったわ」とニヤリと笑い俺に牛刀を振りかざした。 牛刀は俺の胸に深く突き刺さった。胸が熱い。俺は倒れた。地面には血溜まりができていた。 瞬間移動をする者は俺が最後ではなかった。俺以外にいるとは思わなかった。しかも宇宙人でも無い、れっきとした人間でだ。 頭の中に走馬灯がよぎる。俺は死ぬのだろうか。今思えば、1番最初のあの時、この道で、瞬間移動なんてバカげたことをしなければこんな事にはなっていなかったのではないか。妄想が、現実になってしまったばっかりに。あぁ、やっぱり 「超能力なんて、いらなかった。」 その言葉を聞くと女は笑い、「あと、1回。」と言い俺の前から消えた。 END
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