「あと、1回。」

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「あと、1回。」

瞬間移動ができたら、透明人間になれたら、人間は誰しもいろいろな妄想をしたことがある。なんて便利な事だろう。実際、生活もはかどるし瞬間移動なんてできたら遅刻なんてすることもない。寝坊をしても、学校帰り急にお腹が痛くなっても瞬間移動ができれば一件落着だ。 そんなくだらないことを考えている内に本当にお腹が痛くなってきてしまった。家までは一キロあるかないか、半分まで来たところで限界を迎えそうだった。知人の家もない、知らない人の家になんて行く訳には行かない。道端でするなんて論外だ。時代は令和だ。 そんな中ふと思った。瞬間移動ができたら。心の底から、そう思っていた。一回だけでいい、この瞬間だけ、そう思って瞼を閉じた瞬間に 気づいたらそこは家の前だった。 まさに一瞬だった。人類、いや歴史上で初めて瞬間移動をした人物になっただろう。映画やアニメで見るような『ヒュンッ』というような感じではなくやけに質素だった。動揺はしていたが俺は用を済ませやっと落ち着いた。 これはすごい。これがまさに超能力というものなのだろうか。どんなにすごい科学者でも俺のしたことは塗り替えられない。俺の次に瞬間移動をする者が現れる頃には俺は死んでいるし、なんなら地球は無くなっているかもしれない。次に瞬間移動をする者は宇宙人か何かだろう。まぁ少なくとも人間ではない。 三上は自信にみちあふれていた。 歴史の教科書に載っているどんな偉人よりも偉大なことを成し遂げたと言っても過言では無い。今すぐ歴史の教科書に三上舜介の顔写真と名前を載せて欲しいくらいに。 だが問題が一つあった。あと何回出来るかということだ。迂闊に使っていたら急に使えなくなるかもしれない。1回だけでいいからと考えていたし、もしかしたらこれっきりかもしれない。間違いなくこればっかりは神様でさえも知りえない。 さっきまでの自信が嘘のように崩れていく音が聞こえた。試しにあと一回だけ試してみようか、さっきみたいに目を閉じれば行えるのだろうか、だがそれが最後の一回だったら、もう使えない。回数のことばかりが頭にチラつく。だがきっとこれからも使うべき場面に出くわすだろう。というより移動がラクチンすぎる。一秒もしないうちに到着する。ほぼ光である。 三上はあらゆる生物の中で優位になったような優越感を手にした。だが、眠たくなってきたので床に入ることにした。瞬間移動なんかが出来ても眠気には勝てないらしい。 ハッと目が覚める。この全身から血の気が引いていく感覚。間違いない寝坊だ。俺は恐る恐る時計を見る。 時刻は6時35分。なんだ。1時間近く早く目が覚めてしまった。引いた血の気が戻っていくような気がした。俺はホッとし再び枕に顔をうずめ眠りについた。 いい朝だ。こんなに熟睡できたのは久々だ。チュンチュンと鳴く小鳥のさえずりが気持ちがいい。7時20分くらいだろうか、時計を見る、短針が8と9の間を刺し、長針が4の数字を刺している。つまり8時20分。頭が一瞬で理解した。まるで瞬間移動のときのように。始業時間は8時25分。遅刻確定である。学校までは一時間かかるか、かかんないか、絶望的、いや絶望である。あと一回遅刻したら推薦がとれないという三上にとってこの遅刻は人生の岐路であった。 つまり三上はいま人生の岐路に立っていた。 だが、三上にはとっておきがあった。瞬間移動だ。ここで使うしかない。これで最後でいい、あと1回だ。 そう思い三上は「あと1回」と呟き目を閉じた。
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