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「近くで行きたい学校を見つけたの」
志望校を、関東の大学から自宅から電車で通える福岡県内の大学に変えた。
あれだけ頑張って、遠くに行かせたくない両親を説得して決めたのに。
「あんたが作ったら、毎日ソーセージと目玉焼きになっちゃうでしょ?」
受験勉強の合間を縫って、いろんな夕食を用意してくれた。
あれだけ手指に傷をつけて、僕よりも包丁もフライパンも握ったことがなかったのに。
「せっかくだから、あんたの勉強ぶり見てあげるからね」
授業参観の日に自分の授業を抜け出し、母が着ていた紺のスーツに着替えた姉が教室の後ろにやってきて、先生もクラスメイトもびっくりさせたこともあった。
ただ恥ずかしいだけで、そんなことしなくても良かったのに。
休日には、勉強の息抜きだと言って、リビングでふたり夕方までゲームして遊んで。
毎日姉ちゃんのごはんなら飽きるでしょ、と近所のファミレスに食べに行って。
週の最後くらいゆっくり浸かりたいよね、と歩いていける温泉施設で湯に浸かり、休憩室でごろんと寝転んで漫画を読んで帰って。
だめ、まだ遊び足りないとか言い出して、カラオケに行ったことも何度かあったっけ。
初夏に咲いた花が枯れ、木々が赤く色づき、世界が白く染まって、やがて陽の光が暖かくなり差し込みはじめた頃。
庭に赤や紫の鮮やかなアネモネが咲いた日に、姉は大学に無事合格した。
「これからはちゃんと自分で起きるんだよ」
「いやいや、起こしてるのいつもこっちじゃん」
通学先が変わってから、一緒に出かける時間は変わったけれど、生活自体はあまり変わらなかった。
親はいなくなってしまったけれど、姉はいつもそばにいてくれた。
そんな生活がずっと続くと思っていた。
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