バナナの正しい届け方

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「このバナナを隣家に届けてもらいたいんだが」 突然僕の家を訪ねてきた男に僕は言われた。 そして「りんか?」と聞き返した。 「隣の家って意味だよ」 「あぁ、そういう意味ですか」 「頼んだよ」 男は出ていった。 僕の手にはバナナが一房。聞き返すことを間違った。他に聞き返すべきことがあった。でももう遅かった。 バナナが腐る前に届けなくては。 家を出て、右か左か、どっちの隣家だろう? と、また聞きそびれたことを思い付いたが、なんとなく右の佐藤さんにしようと思った。 インターホンを押す。僕の家から右にあるのに「左」という漢字が入ってるのがややこしいなと思ったが、でもそれはこの地球で自分が主役という考え方で、この街全体のマップを正面から見れば佐藤さんの家はきちんと左側に位置しているかもしれない。 「はい?」 佐藤さんの声がした。 「すいません、お届け物です」 「はい」 佐藤さんが出てきてくれるようだ。 扉を開けてくれたのは、さっきの男だった。 「お前、舐めてんのか?」 「い、いえ。舐めてません。隣家にバナナを届けようと」 「お前、それじゃバナナ・リターンじゃねぇかよ、そりゃあ隣家とは言ったけど、常識的に考えて向こうの隣家だろ? バナナ返してこられて万事解決だったら、俺目的不明の異常者だろうが」 十分に目的不明だとは思いながら、僕は逃げるように立ち去った。バナナ・リターン。なんだか心に残った。 もうひとつの隣家は石田さんだ。もう少しで「右」の漢字がありそうだったのが悩ましい。 インターホンを押すと、奥さんが出てきた。 「あらどうしたの、バナナを1房携えて」 「あのー、これを隣家に届けてほしいんです」 「りんか? 女の子のお家にってこと?」 「いえ、違います。隣の家ってことです」 「あぁ、そういうこと」 僕は安心して自分の家に帰った。一つ良いことをした気分だった。 ほどなくしてインターホンが鳴った。 扉を開けると、そこにはきちんと石田さんがバナナを携えて立っていた。
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