ゴミから始まる妄想ストーリー 【ご不在連絡票】

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【ご不在連絡票】 「俺さぁ、親との距離感の取り方っていまだによく分からないんだよなぁ。」 斜め前の席に座るソウタと話していて、実家からの荷物、いわゆる支援物資の話になった。 授業が始まる十分前に階段教室に入り、真ん中あたりにソウタを見つけてその斜め後ろに座った。 教室は五割くらいの席が埋まっているだろうか。 ソウタには、「いかにもカナタって感じの悩みだね。」と返された。 昨日のうちに入っていたらしい【ご不在連絡票】に気づいたのは今朝のことだった。 昨日バイトに行っている間に配達に来てくれていたらしい。 今朝、家を出る前にポストに入っているのを見つけ、大学に着いたら適当なタイミングで再配達の手続きをしようと思ってカバンにに入れておいたのだが、気づいたらなくなっていた。 どこかで落としてしまったらしい。 折り畳み傘を出した時だろうか。 誰かに拾われていたらと思うとあまり良い気持ちはしないが、それはまあ自業自得というもの。 それよりも配達員さんへの申し訳なさが募る。 連絡はしなくてもおそらく今日にでもまた再配達してくれると思うので、それを待つしかなさそうだ。 外の雨はまだ止む気配を見せず、梅雨特有のジメジメした空気がシャツがまとわりついて気持ちが悪い。 朝見た予報では曇り時々雨で、この雨が上がったら梅雨明けだろうということだったが、「時々」はまだしばらく続きそうだ。 ソウタは、大学一年の時からの友だちで、三年になった今でも付き合いが続いている、くだらないことから将来のことまで何でも話せる気の置けない奴だ。 本をめちゃくちゃたくさん読んでいて、困った時にはソウタに聞くと、ほぼ確実に何かしら役立つ知識や考え方を授けてくれる。 「だいたい、うちの親、ろくなもん送ってこないんだよなぁ。 レトルトの白がゆなんてどのタイミングで食えってのよ?」 「ああ、あの、コロナの時の自治体からの支援物資に入ってたみたいな奴? あれは確かになかなか食べるタイミングないかもね。 調子悪い時以外はまず食べないしね。」 ソウタは涼しい顔で笑っている。 「だろ? あんなのもらってどうすんだよって話だよ。 こっちの都合もろくに考えないで送ってきてるんだろうな。」 親との距離感が分からなくなったのはいつ頃からだったろう? 小さい頃はもちろんそんなこと考えたことはなかった。 思春期に入った中学生の頃からだろうか? 親を疎ましく思い、関わりを避けるようになり、その関係性が二十歳を過ぎた今でも続いている。 大学進学を機に家を出る時も、どこか他人行儀な別れ方だったことを思い出す。 「まあでも、嫌だったらそうやって素直に伝えればいいんじゃないの? なんでもそうだけど、言わないと相手に伝わらないしね。 カナタだってコミュニケーションが取りたくないくらいお父さんとお母さんのことが嫌いなわけじゃないんでしょ?」 「いや、嫌いとまでは言わない。 わざわざ自分から電話したりして連絡を取りたいとは思わないけどね。 でもまあ、ポジティブな感情は抱いていないんだろうな。」 話しながら自分の感情を確かめる。 関わり方がよく分からないという感じだろうか。 「でも、望む望まないに関わらず、今のカナタがあるのはカナタのお父さんとお母さんのおかげではあるんだよね。 それはカナタも分かるでしょ?」 ソウタの説教じみた言い方がなんだかカンに触る。 そんなことは分かってる。 「まあ、育ててくれた事とか、学費を出してもらってる事には感謝してるけど、でもそれだけなんだよなぁ。 顔を見たいとか電話して声が聞きたいとか卒業したらまた一緒に暮らしたいとか、そういう風にならないんだ。 これってなんでなんだろうな。」 「まあさ、そういう関係性もあるって思ってた方がカナタの精神衛生上はいいんじゃない? いろんな親子がいるわけだしさ。 無理に関係性を良くしようとしても疲れちゃうでしょ?」 無理に近づこうとしない方がお互いにストレスなく過ごせるってことか。 単純なもので、今度はソウタの言葉に少し心が救われたような気分になる。 「コウキの、他人との絶妙な距離感の取り方もそういう環境の中で出来上がったものなのかもね。 あ、悪い意味じゃなくて、良い意味でね。 コウキって、わりとドライなところがあるわりにちゃんと他人から信頼されてるじゃん? 友だちもたくさんいるし。」 何でもできて俺よりもよっぽどしっかりしているソウタに言われると何だか照れるが、そうなのかもしれない。 大学一年の頃に、サッカー部に入っている友だちから言われた言葉を思い出す。 「コウキって不思議だよな。 誰とでもちょうどいい距離感を保ってるって言えばいいのかな? ボールから離れすぎと見せかけていざとなったら絶妙にいて欲しい場所にいて、そんでボール持ったと思ったら欲しい場所に絶妙にパスをくれるっていうか、なんかそんな感じ。」 当時は何だかよく分からない例えだと思っていたが、ソウタの言っていることってそういうことなのかもしれない。 そして.当時はあまり気にしていなかったつもりだが、こうやってふとした時に言われたことを思い出すということは、自分なりに思うところがあったのかもしれない。 ソウタが続ける。 「認めたくないかもしれないけど、コウキのその性格はお父さんとお母さんの子育てにおける努力の賜物と言えるのかもしれないね。」 ソウタの言葉に、そういう考え方もあるのかと、ハッとする。 確かに、俺のこの性格は他の多くの子どもたちがそうであるように、家庭環境の影響を大きく受けた結果なのだろう。 となると、友人関係に恵まれ、人間関係で困ったりすることなく過ごせているのは両親のおかげと言ってもいいかもしれない。 まあでも…。 「あ、だからってお父さんとお母さんに感謝した方がいいとか、もっと連絡した方がいいとかそういうことを言うつもりは無いよ。 ただ、そういう側面もあるって知ってた方がコウキが幸せな気持ちで生きられるんじゃ無いかと思ってさ。 お父さんとお母さんにネガティブな感情を持ったまま生きるのってなかなか辛いと思うんだよね。 他人じゃ無いから一生避け続けることもできないしさ。 だからコウキのお父さんとお母さんに対する感情が少しでもプラスの方向に動くといいんじゃないかなと思って言ってみてるだけ。」 俺という人間の根っこには、どうやったって両親の存在がいる。 それはもうどうやっても変えられないし、一生俺について回る。 ならそれをどう解釈するか。 良いも悪いも含めて自分の中でどう消化するか。 どうせなら良い方向に解釈した方が気分が良いに決まってる。 ソウタが言ってるのってそういうことなんだろうな。 「荷物送ったり電話したりしてきてくれるんだから、コウキのお父さんとお母さんはコウキのことを大切に思ってくれてるんだろうしね。」 ネガティブな気持ちを抱えているのは俺だけってことか。 確かに、そうかもしれないなと思った。 それと同時に、ソウタの言う通り、ずっとこのままの感情を持ち続けていたら疲れてしまうというのも、改めて感じた。 いつも、荷物が届いた頃合いを見て実家から電話が来る。 今日か明日あたり、待っていると電話かかかってくるはずだ。 それまでに支援物資を受け取れるだろうか? 送られてくる支援物資の中には何が入っているだろうか? もし白がゆが入っていたら、今度からは別なものがいいってはっきり伝えてみよう。 うちの親のことだから、それでもなお見当違いなことを言いながら白がゆの良さを語り、推してくる気がする。 昔からそういう性格だ。 でもまあ、それでもいいと思った。 親子ってめんどくさい。 親も子もそれぞれ違う人間だから考え方も行動もそれぞれ違うし、性格の合う、合わないだって当然ある。 それでも、親子。 良くも悪くも、親子。 授業開始のチャイムが鳴る。 ふと、今のこの、なんともいえないモヤモヤした気持ちを吹き飛ばすための案を思いついた。 送られてきた支援物資を無事に受け取ったら、たまには俺から実家に電話をかけてみよう。 両親と話が続くかどうか不安だが、続かなかったらそれはそれでいいと思った。 俺はソウタの肩を人差し指でトントンと叩いた。 振り向いたソウタに向けて、小声で「ありがとな。」と感謝を伝える。 ソウタと出会えたのも両親のおかげか…。 さっきの話を思い出し、ふとそんな考えが頭をよぎる。 そう考えたら、両親への気持ちがポジティブな方に動くのを感じた。 外を見ると、雲の隙間から少し青空がのぞいていた。 授業が終わる頃には雨も上がるだろうか。 天気と同じように、俺の気持ちも明るく晴れやかになっていくような気がした。 もうすぐ、梅雨が明ける。
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