形見は確かに返したぜ

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形見は確かに返したぜ

 何度も言うが、俺には三人の探索者を同時に相手する武力などない。  だが、一人ずつなら話は別だ。  俺は三人を引き離して物影にひそみ、追ってくる敵の隙を窺った。  走り回ってかく乱すれば、重装備の相手はすぐに息を切らす。足並みが乱れてバラバラになる。    俺は冷静にそれを見極め、一人ずつ弓で倒していった。  矢を放っては走り出し、敵を引き離しては身を隠す。  俺の仕事は魔獣を倒すことではない。魔獣と出会ったら、足止めをして逃げ延びる。  そのために足腰を鍛え、弓の腕を磨いた。  装備やギフトに頼る探索者とは考え方がまったく違う。  奴らの仕事は「狩り」だが、俺の仕事は「生き残ること(サバイバル)」だ。  重たい剣や鎧を装備した剣士が、俺の動きについて来られるはずがなかった。  奴らは盾を装備しているが、走りながら盾を構えることなどできはしない。  俺は鎧からはみ出した足を狙い、岩陰から矢を放った。  魔獣に比べれば、人間などもろいものだ。  ◇  俺の足元には敵のリーダーが倒れている。こいつで三人目だ。  手足に矢を受けた男は、大量の出血で意識朦朧となっていた。 「くそっ! とんだ疫病神を掴んじまったぜ。これだけ血を失ったら、もう助からねぇ。さっさと殺せ!」 「俺の仕事は形見屋だ。殺し屋じゃない」  そういって、俺はルードの形見となったナイフを取り出した。 「もう一度聞く。こいつはお前の物だな?」 「……そうじゃねぇ。本当だ。そいつはルードが刺した死人の物だ」  死を目前にした男は、俺の質問に包み隠さず真相を答えた。  男の雇い主は「蛇の巣」というやくざ集団の幹部で、対立組織「紅の誓い」のボスをルードに殺させたのだと言う。 「ルードの野郎、欲をかきやがって。殺した相手のナイフを持ち帰って、脅しのタネにしやがった……」 「報酬を上乗せしなければ、相手方の組織に雇い主を売るというわけか」  証拠となるナイフと一緒に真相を書いた手紙を送りつければ、怒った「紅の誓い」に雇い主が間違いなく狙われる。  やられたらやり返すのがやくざの掟だった。 「蛇の巣」は三人の探索者にルードの始末を命じた。ダンジョンに連れ込んで殺せば死体は残らない。あと腐れなく証人を消せるというわけだ。   「くだらない話だな。こいつはルードの形見だ。持ち主のお前に返すぜ」  俺はナイフを男の腹に突き立てた。腹膜を貫き、しっかり内臓を切り裂いてやる。 「ふぐっ! うっうぅぅ……」  力なく苦悶の声を漏らしながら、男は死んだ。  やくざの縄張り争いなど、俺には興味がない。ゴキブリのような奴らなど、どうにでもなればいい。  三人の死体から俺が撃った矢と身につけていた財布を回収する。  これで俺が手を下した証拠は何も残らない。後はダンジョンが死体を片付けてくれる。三日もたてば、骨と遺品しか残らない。  財布は手間賃としてもらっておく。俺は形見屋だからな。ただ働きはしない。 「ルードの形見は返したぜ。じゃあな」  三人の形見を集めるのは、別の形見屋がやってくれるだろう。  俺は現場を後にした。 「――いや、返し先が違うか?」  俺は死体の下に引き返し、男の腹に刺さったままのナイフを引き抜いた。 「ルードはナイフ(形見)を『持ち主』に返そうとしていた。それが正しい返し先ということだろう」  ダンジョンから地上に出た俺は、事の顛末を紙片に書きなぐり、ナイフに縛りつけた。  夜の闇が町を包み込むのを待ち、俺は「紅の誓い」が仕切る売春宿の窓にナイフを投げ込んだ。  ガラスを割る物音にやくざどもが狼狽え、走り回る頃には俺は闇に紛れて消えていた。  しばらく町がにぎやかなことになるだろうが、俺には関りがない。その頃、どうせ俺はダンジョンの中だ。  今度こそ形見は返したぜ。俺は無精ひげを撫でて、にやりと笑った。(了)
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