この手紙が届きますように

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 住所には202号室とあったのでアパートかマンションだと思ったけれど、その住所に建つのはまだ新そうな素敵な一軒家だった。郵便受けに書いてある名前を確認すると、横田と書いてある。宛名は田中誠だから、この手紙は宛先不明郵便ということになる。念のため、インターホンを押して確認を取ろうとしたが誰も出てくる気配はなかった。仕方なく手紙をバッグにしまい、遅れた時間をとりもどさないとと、自転車のペダルを漕ぐ足に力を入れた。  配達も残り僅かとなった頃、明るく照らされていた僕の心の中はまた藍色に染められていく。目の前に広がる信号のない横断歩道の交差点。  道路の反対側にいた妻と愛娘の舞衣(まい)の姿が見える。妻と買い物にでも行っていたのか赤いリュックを背負っている。僕の姿を見つけるなり、手を振りながら笑顔で「お父さん」と大声で声を掛けてくる。  舞衣はまだ小学二年生だった。僕の姿を見つけて、嬉しくなって左右の安全確認をしないまま、信号のない横断歩道に飛び出した。慌てて妻も舞衣を追って飛び出した。  次の瞬間、大きなブレーキ音と白いワゴン車が目の端に映り込む。  そのあとの記憶は全て抜け落ちている。正直、妻と舞衣の葬式の記憶すらない。あまりに精神的にダメージの大きい出来事だったので、脳が自動的に記憶することや思い出すことを放棄させているのかもしれない。  その信号のない横断歩道を目の前にすると、今でも僕の心はいつの間にやら藍色で染められていくのだ。
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