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「お父さん」と笑顔で僕を呼んでくれる舞衣とはもう会えない。妻と舞衣と三人のささやかな幸せな時間はもうどこにもない。そんな藍色の感情が僕を縛り付けている。そこから少しでも逃げるように、僕は仕事に没頭しているのだ。
郵便局に戻り、宛先不明郵便の処理を行う。先ほどの田中誠宛ての手紙を手にしたときに、ふと昔舞衣とした会話を思い出した。
◆◇◆◇
「ねえお父さん」
「ん、何だい、舞衣?」
日曜日、舞衣を膝の上に乗せた状態でテレビを見ていたときにふと声を掛けられた。
「お父さんは郵便屋さんでしょ」
「そうだよ。それがどうかしたの?」
「あのね、舞衣がお友だちにお手紙を書いたときに、お友だちのお家の場所を間違えて書いちゃっても、お父さんが届けてくれる?」
「住所を間違えちゃったらってことかな。少しの間違いなら、間違っていても届けられるよ。でも、いっぱい間違えていたら郵便局に持ち帰るんだよ」
舞衣には少し難しかったのか、目をパチパチさせながら、一生懸命に理解しようとしている。
「じゃあ、いっぱい間違えちゃったら、舞衣のお手紙はお友だちに届かないの?」
「残念だけれどね。でもね、舞衣が送った手紙だってわかれば、その手紙は舞衣のところに戻ってくるんだ。そうしたら、今度は間違えずにお友だちの住所を書いて、またポストに入れればいいんだよ」
「舞衣の手紙だって、郵便屋さんはどうしてわかるの?」
「だいたいは、お手紙の裏にお名前と住所を書いてあるんだよ。だから、誰が書いた手紙か郵便屋さんにはわかっちゃうんだ」
「お手紙の裏に書き忘れちゃったらどうなるの?」
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