Aquamarine

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 澄み渡った空、真っ白い雲、紺碧の海に浮かぶボートの上。 「ポイント到着でーす。では、順番に潜りますよー」  日本人スタッフの山城(やましろ)の掛け声に肌が小麦色の若い女と真面目そうな中年の男のバディは目を合わせ、頷いた。  ダイビングは基本2人1組で潜る。一緒に潜る相手をバディと呼び、海中では常に行動を共にするのが決まりだ。  フィリピンのダイビングショップで日本人スタッフとして働いている山城は、年齢差があるこの日本人男女バディの雰囲気に違和感を覚えた。どうしても目で追ってしまう。  最初は親子かと思っていた2人の参加申込書には、友人と記載されていた。  不倫の末の心中とかじゃなければいいが。  このダイビングポイントは通称『悲劇的な(トラジェディック)ポイント』と呼ばれている。  約50年前にフィリピンから日本へ向かう船が、何故か航路から外れてしまい、何かの拍子で船底に穴が空いたらしい。船はそのまま沈没。助かった乗客は半数。たくさんの日本人も亡くなった痛ましい事故であった。  謎だらけの事故。原因は未だに解明されていない。  船は引き揚げられる事なく、50年の時を経て魚達の住処となり、今は沈船(レック)ポイントとして有名になっている。  悲劇は風化していくのだ。  かく言う何百回、何千回とこのポイントを案内している山城の知識も、本に記載されている大まかな内容しか知らず、いまいちピンとはきていない。沈船を見ても、色とりどりの魚達が居心地良さそうに泳いでいるのを眺め、癒されているだけである。  ただ、悲しい歴史があるポイントなのは事実で、わけありっぽい2人がいればインストラクターとして気になってしまう。  山城は参加者のエントリーの手伝いをしながら、チラリと2人を見た。2人とも黙っている。男の方はとても緊張しているように見えた。  2人とも初心者なのか……?  初心者なら細心の注意が必要だと山城は気合を入れなおす。  例のバディの番になった。 「はい。落ち着いてくださいね。大丈夫ですよー、ではバックロールエントリーでお願いします」  このツアーの参加者はライセンス持ちが条件だから、バックロールエントリーが何たるかはわかるはずである。  2人は船の(へり)に座り、クルリときれいな弧を描き、背中から海へザブンと入った。  おや?  男の方はともかく、女の方はプロ並みの上手さだな。  更に2人のチグハグさを見せられ、山城はこの男女から目が離せなくなった。
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