12 信じることならできます!

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12 信じることならできます!

 アレク様とのダンス、楽しかった……。  先日のダンスレッスンのことを思いだして、ニコニコしてしまっている自分に気がつき、私はあわてて表情を引き締めた。  今の私は、全身鏡の前でメイドたちに囲まれている。 「エステル様、こちらのドレスはどうでしょうか? このレース部分が素敵ですよ」 「いえ、こちらのドレスのほうがお似合いかと」  楽しそうにドレスを選んでくれるメイドたちの後ろで、護衛騎士のキリアは申し訳なさそうな顔をした。 「ドレスはオーダーメイドにしたかったのですが、舞踏会までの日数が足りず既製品を改良することになってしまいましたね」 「それで充分ですよ」  既製品といってもどのドレスもきれいだった。しかも、わざわざドレスを改良するためだけに、アレク様は公爵邸に服飾士までまねいてくれた。  服飾士が来ると聞いたときは、王都での嫌な思い出に少しかまえてしまったけど、フリーベイン領の服飾士は、とても優しいお姉さんだった。  彼女は私の左肩に残る黒文様を見ても、嫌な顔ひとつしない。むしろ、瞳を輝かせながら「聖女様にお会いできて光栄です」なんて言ってくれた。  戸惑う私に「聖女様はどんなドレスがお好きですか?」と微笑みかけてくれる。 「あの、えっと、ドレスのことは良くわからなくて……」 「オーダーメイドドレスは、初めてですか?」 「いえ」  王都でオグマート殿下との婚約発表のときに、一度だけ王家の指示でドレスをオーダーメイドしたことがあった。  そのときの服飾士は、手足に浮き上がる私の黒文様を不気味がり、私に近づくのもためらっていた。  ドレスも、とにかく手足の黒文様を隠せればいいといったデザイン。  サイズもきちんと測っていなかったようで、できあがったドレスは私には大きかった。  それは、流行にうとい私でも「これはちょっとどうかな?」と思ってしまうほどの出来で。  そのドレスを着た私を見たときのオグマート殿下の冷たい目を思い出すと、今でも胃の当たりが痛くなる。  「お前のようなヤツを連れて舞踏会に参加するのは恥だ」と言う殿下に、私は小声で「すみません」と謝ることしかできなかった。  本当に舞踏会には良い思い出がない。  でも、アレク様と一緒にダンスレッスンをしたあとから、私の気持ちは大きく変わった。  ダンスを踊る前はとても緊張した。でも、アレク様と手を取り合い曲に合わせてステップを踏むとすぐに楽しくなった。  そういえば、私、父以外の男性とダンスを踊るのがはじめてだわ。  実家では、父がダンスレッスンの相手役をしてくれていた。そのときも楽しかったけど、アレク様とのダンスは楽しいだけじゃない。  なんというか、その、少しドキドキしてしまう。  ダンス中にチラリとアレク様を見ると、優しい笑みを向けられた。  それだけで身体だけでなく心も弾む。アレク様にも「楽しい」と言ってもらえたことが何よりも嬉しかった。  ダンスのときに重ねたアレク様の手は、私の手より大きく手袋の上からでもわかるほど固かった。  この手で剣をふるって、今まで大切なものを守ってきたのね。  神殿で祈りを捧げ邪気を浄化するだけの私とは、比べ物にならない苦労をしてきたのだと思う。  私もキリアや他のみんなのように、アレク様のお役に立ちたい。  心の底からそう思える。 「エステル様、もう少し背筋を伸ばして、胸を張っていただけますか?」 「あ、はい!」  服飾士の声で、私は我に返った。  そうそう、今はドレスの制作に集中しないと。  何着かドレスを着たあとに、服飾士は「これですね。このドレスが一番お似合いです」とつぶやく。その後ろでは、メイドたちが大きくうなずいている。 「エステル様の美しいブラウンの髪には、黄色や緑、白や黒も似合いますが、私は断然、赤が良いと思います」 「赤、ですか?」  そんなにきれいな色が私に似合っているのかしら?  それに服飾士が似合うと言ってくれたドレスは、とても華やかな作りだった。  きめ細かい刺繡がほどこされていて、鎖骨や肩が見えてしまっている。  私はそっと、左肩に残る黒文様にふれた。  私がためらっている理由に気がついたのか、服飾士は可愛らしい花飾りを私の左肩に当てる。 「肩が気になるようでしたら、これで隠しましょう」  飾りひとつで黒文様は綺麗に隠れてしまった。 「でも、こんなに高そうで綺麗なドレスを、私が着ても大丈夫でしょうか?」 「もちろんですわ」  服飾士は、私が着ているドレスの腰の部分を指でつまむ。 「エステル様には少し大きいので、今からサイズを合わせますね。特別なものになるようにレースや飾りも足しましょう。私にお任せください。必ずあなた様に似合う最高のドレスをご用意いたします」  自信に満ちた服飾士の瞳を見て、私は大切なことに気がついた。  そうだわ、私に自信がなくても、私はこの服飾士の仕事を信じればいいんだわ。  それなら簡単にできる。 「お願いします。私をアレク様の婚約者として恥ずかしくないようにしてください」 「お任せください」 「ドレス、楽しみです」  服飾士が私に向けた笑みは、とても温かかった。  隣国の舞踏会まであと二ケ月。  その間にダンスだけでなく貴族のマナーも学び直さないと。  隣国の文化についても知っておいたほうがいいわよね?  毎日とても忙しいけれど、神殿で一人祈っていたときより今のほうがずっと楽しい。  アレク様やキリア、フリーベイン領のみんなのためならなんでもできるわ。  そう思ったとき、私の体からまばゆい光があふれ出した。
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