翡翠の簪(かんざし)

5/9
前へ
/9ページ
次へ
 そんな与一を見かねた知り合いがある日、「寺に行ってはどうだろう」と提案してきた。知り合いの話によれば、その寺には素晴らしい能力を持った住職がいるそうで、そこに訪れた人々は(ことごと)く悩みを晴らしていったという。  与一は最初その話を信じようとはしなかったが、日を追うごとに知り合いの言葉が沁み込んでいった。きっと、自身が苦しんでいるのを無意識のうちに感じていたからだろう。  山の中にあるというその寺に足を運んだ与一は、例の住職と会った。  与一はこれまでの経緯をありのまま伝えた。果たして、住職から返ってきた言葉は彼を満足させることができなかった。どれも虫のいい話だと素直に受け取れず、苛立ちが募っていった。諭そうとする態度も気に食わなかった。  やがて、我慢の限界に達した与一は、一向に態度の変わらない住職に殴りかかろうとした。この頃の彼は気性が非常に荒れており、一度弾けてしまうと手に負えなかった。  幸い住職は怪我をすることなく、与一は居合せた者数人に抑えつけられた。  与一はそれでも抵抗しながら、住職をきつく睨みつけていた。  そんな殺気を放つ獣のような者と対峙しても、住職の瞳には怯えも不安も見受けられなかった。 「強引なやり方ではありますが、あなたをこのまま放っておくわけにはいきませんから」  与一が道を違えてしまうのを案じたのか、住職はそう言った。 「あなたを仁王像として封印します。これだけ気性の激しいお方だ、きっと強力な門番として役に立ってくれるでしょう」  何なんだこの住職は、と与一が思ったのも束の間、お経のようなものが唱えられ、彼は抗うこともできず眠りの谷に落ちていってしまった。  次に目を覚ましたときにはすでに、山門の手前に仁王像として設置されていた。  そして、目の前にはあの住職が立っていた。 「あなたがその悲しみから救われるとき、封印は解かれます。それまではこの寺の門番をよろしくお願いします」  一方的にそう言って、与一が口を開く前に住職はその場を後にしてしまった。  仁王像にされた与一は、全身に力を込めて動いてみようとしたが、指の一本も曲げることができなかった。首も回らないので、ただ目の前に広がる景色を眺めることくらいしかできなかった。あとは門番として怪しい者を一喝することくらい……。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加