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夫婦としての生活をはじめたばかりの頃だった。
ゆきを女手一つで育てた彼女の母親は、一人娘が嫁いですぐに、安心したかのように逝ってしまった。病気を抱えていたのだった。
寂しさを感じつつもゆきはしかし、前向きだった。与一もまたそんな彼女を支え続けたいと強く思っていた。
妻の作ったご飯をかき込みながら「うまい、うまい」と声を上げる与一。そんな彼を眺めながら微笑むゆき、というのが夫婦の日常だった。仕事から帰れば彼女は穏やかに出迎えてくれ、寝つきの悪い夜は話し相手になってくれた。
この頃のゆきは体調もよく、たまに二人で散歩することもあった。
「与一さん、わたしすごく幸せです」となりを歩くゆきが言った。
ああ、と与一は深く頷いた。
毎日が幸福だった。
しかし、そんな日々は半年もしないうちに終わりを迎えた。
ゆきはある日を境によく体調を崩すようになった。回復の兆しを感じさせることなく、彼女は床に臥せることが多くなった。一日のほとんどを寝て過ごすようになり、自力で動くことさえ難しくなっていった。
身体だけは丈夫だった与一は、寝る間も惜しんでゆきの看病に徹した。慣れない料理をしたり、優秀な医者を探し回ったり、着替えを手伝ったりと仕事をしながら忙しなく立ち回った。いつでも助けられるように、なるべく妻のそばにいた。大変だとは思わなかった。むしろ、妻のために尽くせることに充実した思いがあった。
が、与一の介抱も空しく、ゆきの状態は悪くなる一方だった。そして、年を越す前に彼女は息を引き取ってしまった。
「与一さん」とその間際にゆきが言った。「与一さん、わたしは」
けれど、ゆきの言葉が最後まで紡がれることはなかった。
与一は必死にゆきに言葉を送ったが、彼女からの返事はついになかった。
ゆきを失った与一はどうしたらいいのかわからず、深い悲しみに呑み込まれていった。
自暴自棄になり、酒に手を出すようになって、あっという間に溺れた。仕事もまともにできなくなり、家に引きこもりがちになった。虫の居所が悪いときは徳利を思い切り叩きつけ、あるいは壁を滅茶苦茶に殴った。拳から血が流れても構わなかった。出先で顔見知りに軽口を言われただけで殴りかかってしまい、ちょっとした騒ぎを起こしてしまうこともあった。止める者がいなければ、相手を殺めていたかもしれない。
なぜ、ゆきが死ななければならない……。
行き場のない悲しみや怒りは膨らむばかりで、与一の心は破裂する寸前だった。
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