翡翠の簪(かんざし)

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 そんな風に過ごしていく中で、与一はある習慣を身につけた。  それは毎晩、星を見上げることだった。  星の小さな光は、ゆきの静かで穏やかな瞳と控えめな佇まいを想起させた。その関連を感じ取った与一はだんだんと、ゆきはもしかすると、星となって自分を見守っていてくれているのかもしれないと考えるようになっていった。  それは唯一の慰めでもあった。時々、星に向かって語りかけたりもしたが、もちろん何の反応もなかった。 「なあ、ゆき。おれはどうなってしまうのかな」 「それから六十年が経った」と与一は言った。「そのうちにおれを封印した住職が病死し、それをきっかけに寺も徐々に廃れていった」  それでも未だにおれは門番を続けているのだがな、と最後は皮肉るように呟いた。 「あなたの悲しみはまだ癒えていないのですね」  千代は確かめるようにゆっくりと言った。  ああ、と与一が声のみで頷いた。それから少し間を置いてから次の言葉を紡ぐ。 「さあ、おれの話はこれで終わりだ。今度はお前の渡したいものについて、どう考えているのかをきかせてもらう」 「わたしの判断はすでに決まりました。――あとはあなた次第になります」 「どういうことだ?」  千代は掲げていたランプを自らの顔の近くに引き寄せた。これで与一からは彼女の顔がよく見えるはずだ。そして彼女は結わえていた髪を空いている方の手で解いた。髪は音もなくその背中まで落ちていった。 「お前は……!」  与一は驚愕に満ちた声で言った。 「ゆきと瓜二つの顔。年齢は十八くらいか……。だが、彼女には姉妹はおろか子どももいないはずだ。他人の空似だとしてもこれほど一致はしないだろう。一体どうなっているんだ……」  一息にそう言った与一から激しい動揺が伝わってくる。 「驚くのも無理はありません」と千代は言った。「わたしは、あなたの妻であるであるのですから」 「なっ――」与一は言葉を継げなかった。 「わたしはこれまで千代として育てられてきました――」と千代は言った。  千代が前世の記憶に目覚めたのはほんの一年前だった。はじめは激しい混乱に見舞われたが、落ち着きを取り戻すなり徐々に記憶を受け入れることができた。前世での自分の姿と、千代である現在の姿が同じであることに心底驚きはしたが。  それからは早かった。
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