翡翠の簪(かんざし)

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 千代はすんなりと自分のやるべきことを見出し、与一を探し出しはじめた。 ただ、与一と別れてからすでに六十年が経とうとしていた。時代も変わっていた。寿命を考えれば、生きて再会できる望みは薄いと言わざるを得えなかった。それに、妻子がいる可能性も考えられた。もしも、そのような場合、わたしは邪魔になるだけでは……。  焦りや不安を感じずにはいられなかった。  しかしそれでも、千代は与一への思いを捨てることができなかった。彼にふたたび会いたかった。  そして今夜、仁王像となった与一の元に辿り着いたのだった。  今、目の前にいる仁王像は、ほぼ間違いなく与一その人だろう。彼が先ほど話した内容は、「ゆき」として生きていたときの記憶と見事に重なっていた。二人にしかわからないはずの思い出さえも鮮やかに彼は語ってみせたのだ。  だからこそ、千代は自らの正体を明かしたのである。 「信じられん……」と与一は呟いた。 「お前はゆきに化けた狐ではないだろうな?」 「そのような怪しいものを見極め、そして追い払うのが門番なのではないですか?」 「……その通りだ。お前からは悪いものを一切感じ取ることができない」  それでも与一は心の底から納得していないようだった。しきりに唸っている。  千代は考えを巡らせた。しばらくして、彼女は口を開いた。 「与一さん、あなたにひとつ尋ねたかったことがあります」  与一は沈黙をもってその先を促した。 「わたしが亡くなる間際、あなたが言ったことです。『渡したいものがあるんだ』と。わたしは完全に力尽きる寸前でしたので、確かめることはできませんでした……。その渡したいものとは一体何だったのですか?」  途端、与一の目が大きく見開かれた。 「なぜ、そのことを知っている?」その声は微かに震えている。「あの場にはおれとゆき以外にはいなかった。ゆきが亡くなった後も、そのことは誰にも言わず、おれの中だけで留めていたことだったのに……」  与一のこちらに向ける視線は揺れていた。本当にゆきの生まれ変わりなのか、もう一歩踏み込めずにいる気配が伝わってくる。
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