10人が本棚に入れています
本棚に追加
帰路、東京武道館の最寄り駅に向かう途中、肩を叩かれた。僕が慌てて部の皆から距離を取ると、香菜が笑顔を見せる
「お疲れ! てっちゃん」
「何しに来たんだ? こんなところ?」
「嫌だなぁ。もちろん応援だよ」
「どっちのだよ?」
「良いじゃん。どっちでも」
香菜はケラケラと笑った。
「カッコ良かったよ」
僕はちょっと黙ってから尋ねる。
「・・・コンビニに嫁に来る気になったか?」
「それはマジ勘弁」
「だよな〜」
僕は苦笑して快晴の空を仰ぐ。
「高卒か。大卒は全員敵だな」
すると香菜がニコっと感じよく白い歯を見せた。
「てっちゃん。そういうところだよ」
「何がだよ?」
「てっちゃんが人生つまらなくしてるところ」
「ほっとけ!」
「でもって、横にいる私をいつも笑わせてくれるところ」
不覚にも赤面してしまった。香菜はまったくもってこしゃくな奴だ。
「フッフッフ。てっちゃん、青いねー」
香菜の笑みを含んだ声が五月晴れの空に吸い込まれるのを、僕は自分でも意外なほど清々しい思いで眺める。
あと一勝で変わったはずの人生。大学生になれたはずの人生。父さんと僕のプライドを目に見える形で守れたはずの人生。
でも、負けた後の人生だってきっとそう悪くない。
ーー僕が胸を張って歩き続ける限り。
Fin.
最初のコメントを投稿しよう!