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天と地を切り裂くような抜き胴ーーあとで同じ剣道部のシロウからそう聞いたーーを放った瞬間、審判の白旗がいっせいに僕に上がった。
剣道は互いに赤と白のタスキをつけて戦い、一本取るとその剣士のタスキと同じ色の旗を審判が上げる。
荒い呼吸を整えて礼をすると、拍手の中試合場を出た。
「やったじゃねーか! テツ! 」
「さすが明海のエース!」
部員の皆んなはそう讃えてくれたけど、僕は早くも次の試合のことが気になっていた。
汗で蒸れた面を外して高い天井を仰ぐ。降ってくる照明の光を吸い込むとキリッとした緊張感が肺を刺した。
ここは足立区の東京武道館。高校剣道の都大会が行われている。次の試合は準決勝。決勝まで勝ち進めば全国大会が行われる日本武道館に行ける。
・・・どうでもいい。
全国大会なんて興味はなかった。自分の剣才の限界はわかっている。出ても大した結果など残せるわけがない。
けれども、あと一勝することで僕の人生は大きく変えられる。
僕の両親は北千住で店舗を借りてコンビニを営んでいた。駅前の飲み屋街にあるから、それなりに売上はある。
僕も高一から部活の合間に手伝っていた。バイト仲間の幼馴染で同い年の香菜から以前聞かれたことがある。
「将来コンビニ継ぐの?」
「まさか。どっかに就職するよ」
「良いじゃん、コンビニ」
僕と香菜は兄妹みたいに気の置けない関係だ。ズバッと面打ちしてやる。
「そんなこと言って、お前の彼氏上高だろ? 普通に良い大学行って一流企業に就職するんじゃないのか? それとも香菜はコンビニ店主の嫁に来る気あるわけ?」
すると香菜はクハっと吹き出した。
「てっちゃん。そういうところだよ」
「何がだよ?」
「てっちゃんが人生をつまらなくしているところ」
面を打ったつもりが、払われて小手打ちされた気分だ。香菜にはこういうこしゃくなところがある。
憮然とした僕を「青いね~」と香菜はからかった。どうもいけない。香菜につっかかるといつもこうだ。
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