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第2節「灰色の王子と泉の妖精」
これは今は遠き神々から人々が世界を引き継いでからのお話し。
大陸の西側では戦乱が続いていた。
大国、小国入り乱れての大戦争。
同盟を結んだ翌日には、相手の国に攻めのぼる。そんな事が当たり前に起きていた時代。
小さな国が滅ぼされた。
国というよりも町と言った方が良いほどに小さな、小さな国である。
その国に、王と王妃と、王子がいた。
ある日の事、隣の国が攻めて来た。
王は剣を持ち戦へと向かったが、敗れて死の竜の下へと旅立った。
残された王妃は幼い王子を抱え、民と共に勇敢に戦った。
だが黒群れの山と襲い来る敵に勝てるはずもない。
王妃は幼い王子を崩れた城の陰に隠してこう言った。
『良いですか、我が子よ。今よりここは血で血を洗う悪魔の庭となるでしょう。しかし、そなたはここに隠れ、決して動いたり、声をあげたりしてはなりません』
幼い王子は頷くと城の陰で小さくなった。
やがて扉が開かれ、敵がなだれ込んで来る。
王妃は勇敢に戦ったが、槍で突かれて死んでしまった。
敵は城と国を焼き尽くすと金品を巻き上げ去って行く。
王子は王妃の言葉を忠実に守り、息を殺して彼らが見えなくなるまでそこにいた。
城を焼く炎が王子の元まで届かなかったのは、偏に、身を呈して我が子を守らんとした王妃の愛ゆえである。
きっと神のご加護があったのだろう。
辺りが静かになると王子は瓦礫から這い出した。
一面灰となった祖国を見て涙を流し、声をあげて泣いた。
王子の嘆きに舞い上がった祖国の灰は、彼の身に降り注ぎ、かつては両親に似た容姿であった王子の姿は、すっかり灰色になってしまった。
幼い王子は歩き出す。
亡き祖国と父母の面影を伴として。
そうして幾年の月日が流れた。
灰色の王子が旅を続けていると、とある村である奇妙な噂を聞いた。
曰く、泉が濁ってしまったと。
その村では飲み水をその泉で賄っていた。
枯れない泉。
永遠に澄み渡る命の泉。
だが、ある日を境にその泉が濁って水が手に入らなくなったのだと言う。
話を聞くと、灰色の王子は
『では、私がなんとかいたしましょう』
そう言って1人、森の奥にあるという泉に向かった。
途中何度も道に迷いそうになったが、その度に可愛らしい小人が現れて手招きし、灰色の王子を導いた。
灰色の王子が泉につくと、そこには美しい虹色の乙女が水面に伏して、さめざめと泣いていた。
元々は澄んだ水面であったのだろう水面は、村人たちの言った通り汚れていた。
泥のように濁り、ドロドロとした赤い苔が浮いている。
これはどうした事か。
灰色の王子が驚いて問いかけると、虹色をした嫋やかなる乙女は、自分はこの泉に住む妖精であると前置きした上でこう言った。
『大切な泉がすっかり汚れてしまいました。泉の水は私の命。このままでは泉は枯れ果てて、飲み水を失った動物も、人間たちも死んでしまうでしょう。それが悲しくて泣いているのです』
灰色の王子は更に聞いた。
何故、泉が汚れてしまったのかと。
すると泉の妖精は答えた。
『悪い悪魔がやって来て、泉に腐った楡の棘を投げたのです。それが水底に刺さっていて抜けません。ああ、このままでは泉が枯れてしまう』
弱々しく、嘆き悲しむ泉の乙女。
灰色の王子は憐れに思い、ならば自分がその棘を引き抜こうと、躊躇いもなく汚れた泉へと飛び込んだ。
黒く腐った水は酷い臭いで泥のように重い。
手足を動かし前へ前へと進もうとするが思う様にいかない。
このままでは息がもたず、自分も死んでしまうかも知れない。
だが、灰色の王子は諦めなかった。
必死に泳いで水底まで辿り着くと手探りで楡の棘を探し出し、力任せに引き抜いた。
するとどうだろう。
息を吹き返した。
先程までの泥水は嘘の様に綺麗さっぱり澄み渡り、鼻をついていた悪臭は花薄荷のように晴れやかで甘く、良い香りがした。
灰色の王子は泉からあがると、引き抜いた楡の棘を燃やして捨てた。
泉の妖精は喜んで灰色の王子に膝を折る。
『ありがとうございます、王子様。お礼に子の剣を差し上げましょう』
見ると泉の妖精の手には彼女に良く似た七色に輝く剣が捧げられていた。
『これは泉の剣、私の魂を込めました。どうかこちらをお持ち下さい』
灰色の王子は困惑した。
お礼が欲しくてした訳ではないと。
だが、泉の妖精はそんな人間だからこそ、この剣を与えたいのだと言った。
妖精は言う。
これから先、彼の身には数々の災いが降り掛かる事だろう。
その災いから身を守るには優れた剣が必要なのだと。
自分はここから離れる事が出来ないが、だからこそ、せめてこの剣だけでも連れて行って欲しいと。
『貴方様は私の泉を救ってくれた。これは、命を助けてくださったお礼です』
命を救われたお礼だと言われれば、無碍にも出来ない。
灰色の王子は素直に泉の妖精から剣を受け取った。
『可愛らしい灰色の王子様、貴方の行く末に幸多からんことを』
妖精の祝福を受けた灰色の王子は村に戻り、泉が元に戻った事を知らせると、祝いの宴を断って再び一人、旅に出た。
その後、灰色の王子は泉の妖精の予言通り 数多の試練に挑む事となるのだが
その傍らには常に
光り輝く虹の剣があったと言う。
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「これが“灰色の王子と泉の妖精”のお話しです」
吟遊詩人は歌い終えると恭しく一礼した。
酒場中から拍手が起きる。
ただ、旅人だけはどこか考え込むように顎に手を当てていた。
「おや、旅のお方。どうされました、お気に召されませんでしたか」
尋ねられ、旅人はハッとして大袈裟に首を左右に振る。
面白かった。
子供向けの童話だが、語り手が良いとこんなにも楽しいものなのか。
だから驚いたのだと。
「それはそれは。お気に召したのならば、なにより」
吟遊詩人が竪琴を降ろすと、旅人は彼に葡萄酒を1杯ご馳走した。
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