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間奏:「縁」
にわかに活気づいた酒場からは、吟遊詩人に向けて様々なリクエストが飛ぶ。
彼はそれらに微笑み「それはまた次の機会に」と愛想良く手を振ると、旅人が差し出した葡萄酒に口をつけた。
詩人が一息つくと、旅人は彼に問い掛けた。
子供向けの童話にはあまり造詣が深くはないが、今のはどこの地方の物語なのかと。
すると吟遊詩人は答える。
「さて、どこの国だったか。確かここよりずっと西、さる王国の物語だったかと」
そうか、と旅人は再び考え込む。
童話には詳しくないと言ったが、今の話は聞いた事がある様な気がする。
ただ自分が知っている話だと、登場人物の灰色の王子はみなしごだった気もするが。
そんな疑問を口にしながら自分のエールに口を付けると、吟遊詩人は竪琴を愛しげに撫でた。
「さてそれは。どちらが本物の話なのかなど、誰にも分からないのでは?」
なにせ、物語は物語だ。
語る時と場所で幾らも姿を変える。
君が聞いたのは君が出会った形だったのだろうと詩人は言った。
「話す人によって千差万別。それが吟遊詩人ともなれば尚の事。我々は同じ話を二度しない。必ずどこかに手を加えてしまう。…一種の悪癖とも言うべきか」
だから同じ話をしてくれと言われても困る、と詩人は冗談めかして笑った。
相変わらず表情は良く見えない。
だが最初に話し掛けた時より幾分砕けた物言いになっている所を見ると、少しは打ち解けられたのだろうか。
見知らぬ人と親しくなり、同じ時間を共有する。
それが旅の醍醐味でもある。
旅人はふと興味を抱き、彼の姿を再度観察した。
特に気になったのは彼の相棒ーー竪琴だ。
先程まで気にしていなかったが、こうして近くで見ると中々に凝った作りをしている。
クラウンのついた支柱と呼ばれる部分は女性の彫刻が施されており、そのから伸びる腕木には翼の意匠が刻み込まれている。
儀式や祭典で使う特別な楽器に良く見られる華やかな彫刻だ。
もしかしたらこの吟遊詩人は元々どこかの貴族に仕えていたか、神殿の楽士だったのかも知れない。
となればそれなりに名の知れた人物か。
何の気なしに旅人は彼に問い掛けた。
名は何と言うのかと。
すると吟遊詩人は竪琴を撫でた手を止め、少し考えるとクスリと笑い
「ライレーリオン、とでも」
ライレーリオン。
竪琴を弾く男という意味か。
「そしてこちらは私の恋人、シャンテーリアー」
シャンテーリアーは歌う人。
なるほど、と旅人は納得した。
「どうぞ宜しく、旅のお方」
明らかに偽名だ。
だが旅人もまた名を明かしていない。
どうせこの場を離れれば互いに会う事もなくなる。
ならばこれで良いのだろう。
実際、詩人もこちらの名を尋ねない。
つまりはそういう事なのだ。
「さて、では先程は人間の話をしましたから次は…そうですね、神々の話でもしましょうか」
それでは皆様
暫しの間、お耳を拝借
これはある時
ある国の
とある場所での物語…
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