⑤終電を逃そうとも。

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確かに森川は入ってきた時から、他の新入社員と違っていた。 仕事に対して積極的すぎるくらいだし、他の部署も平気で訪ねていくし、仕事を振れば十分過ぎるものを出してくる。 好奇心旺盛で、頭もいい。それに社交的だし、礼儀正しいから先輩や上司に好かれている。森川は俺より出来がいいと思う。 「だから、俺。きょうも穂積先輩に会いたかったんです。 いっしょに仕事させてもらって、その……彼女とのことは、早く忘れようって。……すみません、ズルくて。」 森川が、氷しか入っていないグラスをテーブルに置いて、少し寂しそうにする。 と、店員さんが顔を見せた。 「すいません、ラストオーダーでーす。」 森川と俺は思わず目を合わせた。 「森川、何飲む?俺、レモンサワーだけど。」 「あ、穂積先輩と同じです。」 俺も森川も、ずっとレモンサワーを飲んでいた。 「じゃあ、レモンサワー2つお願いします。」 「かしこまりましたー。」 店員さんがメモを取りつつ厨房の方へ向かっていった。 「森川。」 「はい。」 森川がなぜか背筋を伸ばした。 「ありがとな。」 「え。」 「俺に会いたかったなんて言ってくれるの…。今、世界中でお前1人だけだと思う。」 苦し紛れに笑って見せれば、森川がふにゃふにゃ笑い始める。 「俺1人だけだなんて。じゃあ、俺。穂積先輩のこと独り占めですね。」 「……そうかもな。」 「やったあ。」 独り占めって、さりげなくかわいいこと言うんだな。まあ、ちょっと酔ってはいるみたいだけど。でも、こんな森川を振るなんて。森川の元彼女はきっと後悔する。 「レモンサワー、飲んだら帰ろうな。森川。」 「…はい。きょうはありがとうございました。俺の話聞いてくださって。嬉しかったです。」 俺はお前の話ならいくらでも聞く。そう言いかけてやめた。
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