17人が本棚に入れています
本棚に追加
04.プロローグその2 さやかの世界
――彼女は、夢の中で眠りに落ちた――。
と思ったが、普通に自分が住むマンション、部屋のベッドで目が覚めた。
そこで、夢から覚めたことに気づく。
それにしても奇妙な夢だった……。そして、夢にもかかわらず明確に覚えている。
島からは落ちるし、大ムカデには食べられそうになるし、人型の虫には助けられて……。カメのような乗り物に乗っけてもらい。オーラとかいう変な力を見た。
「オーラってなんだろう……って、あれ?」
左腕に、いつもと違う感覚があり目を向けて驚いた。なぜか知らないリングが、手首にはまっている。
1センチ程度の幅があるシルバーのリングで、うっすらと波目のような紋様が刻まれている。よく見ると中央部分に、5ミリくらいの丸い小さな宝石がはめ込まれていた。
「なんだろこれ? あっ!」
そう感じながらも、壁にかけてある時計に目がいった。いつも自分の起きる時間より30分ほど過ぎている。
「やばい寝坊した!」
とりあえずリングは左腕から外して枕の上に置き、ベッドから飛び出し顔を洗いに洗面所へ向かった。
彼女、北畠沙耶香は23歳。去年、大学を卒業してからは家を出て独立し、都内で一人暮らしをしている。
父の負担になりたくなかったのが、独立したい一番の理由だったが、別に父親と仲が悪いわけではない。
純粋に、自分の力で生活してみたかったのと、父と一緒だと生活が窮屈になるからだった。
父である北畠勇樹の職業は政治家。今は日本国の総務大臣をしている。
そのため、それなりの警備がつくのは当たり前だとさやか自身は理解しているが、実際にストレスを感じてしまう事実だけはどうしようもない。
家を出ると父に告げた際も、父は考える素振りをしながら、結局は反対しなかった。
母はさやかが中学のときに事故で亡くなっていたから、もし、生きていたらとしたら反対しただろうか。
「ううん、たぶんしないだろう……」
さやかの母は独立した女性の代表的なような人だったので、逆にもっと後押しした可能性が高い。
4つ年上の兄、将人は強硬に反対したが、父の説得もあり最終的には兄も承諾せざるを得なかった。
さやかのあまりの頑固さに「お前は母さんに似てきたよ」と捨て台詞を吐かれたときは、カチンときたものだった。
さやかの父は笑っていたが……。
とは言え、住むマンションだけは、セキュリティが厳重なマンションに指定された。
さやかの友人である美里曰く、さやかの父は娘に対してまだまだ甘い。さやかは昨夜も部屋を見にきた美里にいろいろと言われた。
「この立地で、1LDKのマンションの家賃相場がいくらか知ってる? いいなぁ~。あたしの部屋とは大違い! 今の日本にも身分制度は存在したか!」
さやかの数少ない中学からの友人である美里は、高校の教師をしており昨夜のようにときおり家にきて、さやかの話し相手になってくれたり世話を焼いてくれる。
「じゃ、私は帰るけど、あまり頑張りすぎないようにね。どうせ毎日残業してるんでしょ? ロボット工学だっけ? 私にはよくわからないけれど、さやかはオタク気質でのめり込むと生活が二の次になるから、ちゃんと食事だけは取るんだよ」
さやかは今、昨夜美里が冷蔵庫に突っ込んでおいてくれたパンを口にくわえている。
ありがたや、ありがたや……。
さやかは拝む。頼るべきはありがたい友人だ。
「このお礼は給与が入ってからにしよう。やはり、美里が好きなエスニックかな?」
さやかは着替えを済ませ、最低限の化粧を終えるとマンションを出た。
さやかは大学を卒業してから、産業機械ロボットメーカーの研究所に就職した。
大学の教授からは、大学院に入って研究を続けることを求められたが、独立して金銭を得たかったのと、好きなロボット工学を研究できる両方の点で、今の職場には十分満足している。
職場の研究所は、家の近くのバス停からバスに乗り、30分くらいのわりと近いところにある。通勤時間といえどもそれほど混むこともない。仕事をはじめる前のこの時間「ぼぉ~と」する感覚がさやかは好きだった。
そんな感じでもバスは進む。最近は研究所の近くで道路工事が行われており、一車線の交互通行になるところでバスが停止する。
道路の工事現場では、ユンボなどの工作機械が騒がしく動いていた。ロボット工学が専門の職業柄なのか、さやかは自然と目がいってしまう。
この工事現場に何人かいる作業員の中で、一人の青年に自然と眼がとまった。
さやかは思う。自分と同じくらいの年齢だろうか? 若く見えるが年上かもしれない。
ガッチリとした体格、東南アジア系の顔をしていて、どことなくだが日本人ぽくない、髪の色も赤毛なので外国人の労働者だろうか?
青年は楽しそうに『ランマー』と呼ばれる地面を突き固める機械を操作している。あれを見るたびに、さやかは子どもの頃に買ってもらったホッピングと言うバネで跳ねる遊具を思い出す。
青年は慣れたように機械を操作していたが、さやかの視線を感じたのか、さやかの方を見て「ニコッ」とする。
それを見て、さやかは「ビクッ」と驚いた……。
そのまま、青年は器用にランマーの方向を変えながら作業を続ける。彼の流れるようにあつかうランマーの動きは見ていて心地よく、ずっと見ていたくなるが、悲しいかなバスは動きだしてしまった。
『おーい! アキート君!』
外のほうで誰かを呼ぶ大きな声がした。
また……明日も彼を見られるだろうか?
バスが会社の前に到着。すぐに仕事をはじめるけど、あっという間にお昼になる。
いつもなら、仕事に夢中になったまま、気がつかずに夕方になることも多いが、昨夜美里に言われたことを思い出して、時間通りにちゃんと昼食をとることにした。
さやかが働いている研究所の近くには、小さいながらも商店街があるので、おおむね飲食や買い物には困らない。
最初はお弁当にして、研究所で食べようかと思ったが、外食にしようかとも悩む。なぜなら、食欲をそそる良い匂いがしてきたからだ。
あまりにも美味しそうな匂いの方向に顔を向けると、まだ新しい感じの「小次郎家」と看板を掲げたラーメン屋さんがあった。
就職する前までは、女性が一人でラーメン屋さんに入るのに躊躇したが、一回経験してしまうと、そんなことは大したことではなくなった。
気にせず店内に入り、券売機で食券を買う。
カウンターに座り、普通のラーメンにホウレンソウと味玉をトッピングした食券を渡す。その際に、味はどうするか聞かれるが「普通で」と答える。
目の前で、ラーメンを作っている様子を見ているのが楽しい。
ラーメンが来るまで待っていると、斜め向かいのカウンターに目がいった。
勢いよく麺をすする青年がいたが、顔を見て驚いた。
「あっ!」
思わず声にだしてしまった。
なぜなら、朝に道路工事で見かけた、若い外国人と思われる労働者だったからだ。
さやかの声に周りのお客も反応したが、その青年は、さやかを見て「ニカッ」と笑顔になる。そしてそのままさやかに言った。
「ここのラーメン美味いよ! 早くたべなっ!」
彼がそう言うタイミングで、さやかの前にラーメンが現れた。確かに「今すぐ食ってくれ!」とラーメンさんが叫んでいる……。麺がのびる前に食ってくれと言っている……。
ラーメンさんの叫びから目を離して、もう一度彼を見ると、彼はどんぶりに入っている山盛りライスを頬張りながら素早く麺をすすっていた。
見ていて気持ちがいいくらいの食べっぷりだったので、それにつられてさやかも食べ始める。
確かに美味しいラーメンだった。凶悪なほどの旨味がさやかを襲う。彼に合わせてライスを頼みたくなるが、さすがにそれだけはなんとか抑えた。
さやかがラーメンを食べ終わる頃には、彼の姿は店内から消えていたが、あの「ニカッ」とした笑顔の印象だけは強く残る。
さやかは研究所に戻り仕事を開始したけど、いつの間にか夜を過ぎており、結局タクシーで家に帰ってきたのは夜12時を過ぎたころだった。
夕飯は冷凍しておいたごはんと、昨夜美里が置いていってくれたお惣菜の残りで済ます。食事を終えてお風呂に入ると、身体は疲れ切っていたせいか眠気が襲ってくる。
お風呂で寝落ちすると風邪をひいてしまう......。そう感じたさやかは気合で眠気を吹き飛ばした。
ヘトヘトになりながらもベッドに潜り込む。眠りにつく直前、あの青年の笑顔と元気な声が、ふと脳裏に浮かんだ。
――ここのラーメン美味いよ! 早くたべなっ!
最初は外国人かと思ったが、聞いた日本語の発音はネイティブっぽい感じがした。なんとなくどこかで聞いたことがある声だったような?
「明日も会えるだろうか」
眠ろうとして枕の上に置いてあったリングに気づいた。
「う~ん、とりあえず今日はもう寝よう」
リングを枕の上から横にズラすと、すぐに眠気が襲ってきた。
さやかはそのまま眠りに落ちて行く……。
おやすみなさい……。
最初のコメントを投稿しよう!