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第一部 ふたつの世界 01. プロローグその1 アキトの世界(1)
彼は再び自分のベッドで目覚める。眼の前に見えるのは、間違いなく自分の部屋の天井だ。
繰り返し見る夢……。
夢の中。現実ではありえないことを体験し、夢の中で眠ると現実の朝に目が覚める。
とても不思議な気分だが、夢とは本来摩訶不思議なものなので気にする意味もない。
そんな夢を見はじめて1年くらいになっていた。
ゴン! ゴン!
いつものように、ドアをノックするにしては大きめの音がした。
「おい、アキト! もう起きてるか?」
返事も待たずにドアが勢いよく開かれると、栗色の髪をした青年が、部屋に入るなり朝食代わりのシアを投げてくる。シアとは、大人の手の平に収まる大きさで、水分の多い黄色い果実。
アキトは投げられたシアを受けとりながら、毎日のように起こしにくる友人を面倒くさそうに見た。
「レイカー、もう少し静かに起こしてくれるとありがたいって……何度言っても聞きやしないな。まったく……」
レイカーはアキトの言葉を聞き流しながら、部屋のハンガーにかけてある軍服を彼に投げつける。
「その俺のおかげで、毎朝の訓練に遅れないでいられるのだから感謝してほしいくらいだな」
「ふふぇ〜。ひょれは……ありが……」
バホォ!
続けて投げてきたズボンがアキトの頭に命中した。
アキトは口にくわえたシアを落とさないように気をつけながら、ノロノロと着替えて訓練場に向かう。
これが、毎朝繰り広げられるふたりの日常だった。
レイカーとアキトは同い年の23歳。
ふたりとも機士団に入って5年目になる。
ふたりが所属するダルマ機士団は、アルパチア王国にある3つの機士団の中でも平民出身者が多い。雰囲気も傭兵団に似て規律が厳しくないので、実際に他の機士団連中からは『傭兵団』と陰口をたたかれている。
しかし、戦闘が主体となる集団である以上、身分よりも実力がものをいう世界でもあった。そのため、他の機士団よりも訓練は厳しい。
ダルマ機士団の基地は王都の中に存在するが、オーラ兵器の運用上、重厚な壁に囲まれており、広さは9.8ヘクト(ヘクタール)。市街地郊外へも隣接していた。
オーラ兵器である『オーラ船』や機人、スペイゼが配備されているため、整備施設や倉庫、発着場も存在している。
機士団本部である建物のほかにも、団員のための兵舎や食堂、医務室、訓練場、売店なども整っており生活するに差しさわりはない。
4階建ての本部は真四角の作りで重厚な石造り。威圧感があり、お役所を感じさせる飾り気のない建物だった。基地内で本部よりも高い建築物は見張り塔のみで、同じく丈夫な石造り、それ以外の建物はレンガや木材で作られていた。
「今日は、武器を使用しない格闘戦の訓練を行う」
訓練教官の指示に合わせて、団員がペアを組んで訓練をはじめる。
アキトもレイカーと向かい合った。
レイカーの身分は下級貴族、親が最近まで平民だったのでまだ準貴族扱い。同じ貴族と言えど、上級貴族のアキトと、準貴族のレイカーとでは身分に差がある。しかし、入団時の事件をきっかけにして今では自他共に認める友人の間柄だった。
ふたりも訓練をはじめたが、しばらくして飽きてくると、お互いに組み合いながら会話をはじめた。
「昨夜の夢では、なにをしていたんだい」
アキトはレイカーに、夢の中であったことを何気なく話していた。
話すことで、夢での面白い体験を思い出し、頭の中でまとめることができる。
夢の中の話なので、最初の頃はレイカーも相槌を打っていただけだったが、最近では面白がって聞いてくるようになっていた。
「……変な奴らにからまれて一生懸命逃げてた」
「からまれた? なんでだ? そいつらは撃退したのかい?」
レイカーは興味がわいたのか、続けざまに聞いてくる。
「こうやって戦う訓練を毎日のようにしてるのに、夢の中でも争ってどうすっ…る!」
アキトは問いかけに答えながら、レイカーを背負うように投げたが、上手く体勢を入れ替えられて足から地面に着地される。
「この間酒場でからんできた連中のときは、倒していたじゃないっ…か!」
今度は、レイカーがアキトを投げながら言い返してくる。
ドサッ!
アキトは勢い良く地面にたたきつけられたが、上手くオーラを発動して受け身を取った。
『オーラ』とは、触れているものに対して力を与えることができる特殊な能力。その生み出されるオーラが強ければ、鋼を剣で切ることや、弓矢で射貫くことも可能だ。
また、自分の身体に展開することで、さまざまな効果も発揮できる。アキトが今発動したのは『オーラプレート』と呼ばれる技で、身体を面や点で強化する技だった。
それにこの世界では、主にオーラに頼って機械を起動する。生活する上でもオーラは必要な要素だった。
夢の中の話をしながらの訓練は、すでにふたりの習慣のようになっている。
「交代!」
教官の掛け声とともに、ふたりは離れた場所から訓練を見守る。ダルマ機士団には、戦闘や整備、事務方を含めると500名ほどの人員が所属しているが、格闘訓練は整備員や事務方も交代で参加するので、隊長格のふたりには指導する役目もあるのだ。
「なぁアキト、あいかわらず実家には帰ってないのか?」
レイカーが訓練を見守りながら、横目でアキトに聞いてきた。
「あぁ、お前の家くらい肩がこらなきゃ帰ってもいいんだけどな」
「父や母から、またアキトを連れてきてくれと言われているよ」
「いいぞ、問題ない。決まったら教えてくれ」
アキトはそう答える。実際に何度か訪問したこともあるし、特別嫌な思いはしなかったからだ。
「助かる。でも……母はともかく、父は打算が働いているようだから無理はしないでくれ」
「あぁ、でもわかっているとは思うが、俺に自分の家をどうこうする力はないぞ」
レイカーは承知しているとばかりにうなずいた。
アキトが実家に近寄らない理由。それはいろいろと面倒だったからだ。
上級貴族の彼には、上に二人の兄たちがいる。だが、状況が少し異なっているのは、アキトが正妻の子ではなく妾の子だったからだ。
基本的に貴族の家では、跡を継ぐ者以外は自分で家を興すか、他家に養子に行く、または婿入りするしかない。
アキトは妾の子で三男坊。家の中では肩身が狭いし、家を継げない身としては、将来的には家を出なければならない。
実際に、どこぞの貴族へ養子に行く話もあったが、それも面倒だったので、王都の機士団へ逃げることにした。逃げるといっても、嫌々機士団に入ったわけじゃない。幸い「武」の才能には恵まれていたし、今では自分に一番合っていると感じている。家族の目もなく、わりと自由でいられる生活は悪くない環境なのだ。
ふたりは昼まで訓練を行い昼食を取る。献立は塩味で根菜類が入ったスープと硬いパンだった。量だけは多いので問題はないが……。
「ハァ~」
「どうしたんですか隊長?」
アキトがついたため息に、隣にいたケリーが聞いてくる。
「隊長は、いつも味気なさそうに食ってますよね」
向かいに座っているジャマールも言ってきた。
ケリーは機士団の整備員で、ジャマールは『スペイゼ』と呼ばれる空中戦車の乗務員。二人とも同い年の21歳で、彼の隊である『アキト隊』の隊員だ。
「お前ら、これ美味いか?」
「プッ!」
アキトがそう言うと、向かいに座っていたレイカーが口から吹いた。そして、笑いをこらえている。
「これ美味いかって、普通じゃないすか? 皆さんの家は貴族ですから、それに比べたら不味いかもしれませんけど、平民の俺からしたら十分美味いです」
ジャマールは硬いパンを噛み切りながら、不服そうにそう答えた。
「僕から見てもそんなに悪い味ではないと思いますけど……」
ケリーも続けて言ったが、ジャマールがなおも言い続けた。
「それに、平民からしたら飢えることもないこの環境で、贅沢なんて言ってられないっすよ」
「それはそうだが、俺が言っているのはそういう意味じゃなくて……」
アキトは、ジャマールに対して言葉を返す。
「そういう風にしか聞き取れませんって」
だが、逆に言い返された。
アキトは思う。『夢』のせいで余計なことをいってしまった……。
「あっ、そう言えば隊長」
ケリーが唐突に話を変える。
「本日の去陽は、機人とスペイゼの訓練を行う予定でしたよね? すでに準備はできていますよ」
そうなのだ。本当は訓練にかこつけたアキトたちによる気晴らしの狩りだが、それはケリーもわかっている。街へ被害を及ぼす外敵や、魔獣や虫の襲来でもない限り、貴重な機士団が出動することは通常許されないし、狩り自体はそれを仕事とする者の領分だ。
だが、訓練にかこつければ「偶然遭遇した」と言い訳ができる。良いストレス解消になるのだ。
「それと、ジャマール。『オハジキ』のオーラ機関に出力調整を行ったから、低速域での急な動きでは変化があるはずだよ。でも、変化が強すぎると乗務員が受ける圧力に耐えきれないかもしれない。それ次第で再調整するから、帰ってきたら状況を聞かせてよ」
ガタッ!
「ホントか? 動きが良くなるなら耐えてみせるぞ!」
ジャマールが興奮のあまり椅子から立ち上がる。
「騒がないで! まだ上手くいくかわからないし、無理に耐えなくてもいいから」
ケリーがジャマールを落ち着かせるように手の平を前に出す。
どうやらジャマールの機嫌が直ったようだ。アキトは首を傾けてケリーの横顔を見る。ケリーはそれに気づいて微笑んだように見えた。
昼食が終わり外に出る。機士団基地内にある格納倉庫の近くまで行くと、機人が2体と、スペイゼが2機並べられていた。
スペイゼとは、空中戦車を指す名称。
アルパチア軍で運用されているスペイゼは『オハジキ』と呼ばれていた。
直径16ミル(メートル)の大きさで4人乗り。上から見ると八角形の形状をしている。内部から外を見渡せるように八方向と上下に窓が付いていた。
上部には入口を兼ねたハッチがあり、乗り入れはそこから行う。武装はショットボム一基に、空爆弾であるドロップボム。
ジャマールと一緒にオハジキに乗る、乗務員3名もやってきた。
「ジャマール、今はもう機長だろう? 3人との連携は取れているか?」
アキトは3人に目を向けながら聞く。
「問題ないですよ。なぁ?」
「「「ハハハ……」」」
ジャマールに声をかけられた同僚たちは、薄ら笑いで答えると、オハジキの外壁に付いているタラップに手を掛けて、上部のハッチから機内へ入っていった。
アキトはオハジキの近くで、片膝を地面につけて鎮座している『機人』のほうへ向かった。
立ち上がれば全高7ミル(メートル)にもなる彼の機体。
アキトとレイカーは、機士団の中でも実力が認められているので『機人』という大型の人型兵器を駆る搭乗者『機士』でもある。
機人の姿は、ヨロイを付けた戦士を彷彿とさせるフォルムで、頭部もカブトをかぶった人間のように見えなくもない。だが、人間と異なるのは、背中に付いている飛ぶためのバーニアと、左腕に装着されている武装『ライフルボム』。
バーニアを鳥の翼で形容する奴もいるが、アキトには少々武骨な感じがした。なぜなら、バーニアの右側面には、機人が扱うソード(鞘)が取り付けられているからだ。
「ケリー! 『パラムス』の出力アップはまだ難しいのか?」
アキトは、うしろについて来ていたケリーに聞いてみる。この機人パラムスの整備をしているのがケリー本人だからだ。
「はい……。パラムスに関しては、前回師が行った改良以来、特にできることが見当たらないのです。細かい部分では行っていますけれど……」
「そうか……プレイル師か。亡くなって久しいが、俺のオヤジとは仲が良い人だったな」
アキトはそう言いながら、以前見たケリーの師を思い出した。
「なんだ、アキト隊はケリーのおかげで機人もパワーアップするのか?」
あとから遅れてやってきたレイカーが聞いてくる。彼のうしろには、レイカー隊のオハジキ乗務員たちがいた。
「違う! 今のところはオハジキだけだから、変な噂を流すなよ。ただでさえケリーの腕は他の機士団に狙われてるってのに」
「そうだな、でもうちの隊だったら内緒にしないで教えてくれても問題ないだろう? なぁケリー?」
レイカーが、気障に片目を閉じながらケリーに問いかける。
「べつに秘密というわけではありませんよ。ここにあるこのオハジキの結果次第ですね」
ケリーはそう言いながら、オハジキに乗り込もうとしているジャマールを見た。
「じゃ、行くかレイカー」
「おう!」
アキトはパラムスの前に進む。機人の胸部中心から両開きで開いている操縦席へは、機人の膝に付いているくぼみに手をかけて勢い良く乗り込んだ。
操縦席のハッチを閉じると一瞬内部が暗くなるが、すぐにほぼ全体は透明になり外部が見渡せるようになる。
操縦席のレバーや、足先のペダルからオーラを流す。
ジャキン!
パラムスは、人間のようになめらかな動きで立ち上がる。
アキトが正面を見ると、レイカーのパラムスも起動をはじめた。
今回の訓練は、アキトとレイカーのパラムス、それと両隊のオハジキが一機ずつだ。
「先に行くぞ!」
足先のペダルを踏みオーラを流すと、機人の背中に付いているバーニアから光のスジが飛び出した。
バビュン!!!
バーニアからの音とともに、パラムスは勢い良く垂直に上昇し、周囲を見渡せるほどの高度になってから前方へ飛び出す。
『隊長! 急ぎすぎ!』
ジャマールの声がスピーカーから聞こえた。
「アキト! 久しぶりだからって浮かれるなよ。一応訓練であることを忘れるな」
レイカーからもクギを刺される。
「わかっている! だから早く来い!」
アルパチア王国の王都は陸地の端に存在すた。なので、しばらく飛ぶと陸地である島が途切れる。
そして「島の先にも天空が広がっており、陸地である島が空に浮かんでいる」のが確認できた。
――アキトが例の夢を見るようになるまでは、当たり前と思っていたこの風景。
そう……ここは『天空世界ムーカイラムラーヴァリー』なのだ。
島の上部である陸地には、高い山がそびえ立ち森や湖も存在する。島の中には砂だらけの場所や火を噴く島もあり、人々はそこに町や村を作り生活しているのだ。
アキトが乗っている機人からは、人が住まないような小島が、空のいたるところに浮いているのが見える。よほど通行の邪魔にならない限りは、放置されるか素材の採取場所にしかならない。
アルパチア王国が存在するガルチア(大)島。さらにその下空へ向かう。
下降していくと、横目に島の下部が垣間見えた。
島の下部は岩石に覆われているが、所々に階段が見え、人がそこを降りているのが見て取れる。そこから鉱物資源が採掘できるからだ。
かなり下降して島の最下部も通過する。
さらに下降すると、島は頭上高くにあり、その島の陰によって光が遮られるので、場所によっては暗くなる。
「!!!」
その陰の中をウネウネと飛行している物体がアキトたちの目に入った。
だいぶ先なので、まだ小さく見えるが、実際の大きさ、いや、長さは数十ミル(メートル)はあるだろう。しかもそいつが2.3匹見える。
「レイカー! 『ガノーチカ』がいる。あいつは……」
『あぁ、まずいな、狩りで済ませられる奴じゃない。島の上にまでいったら大騒ぎだ。退治する必要があるが……この戦力でやれるか?』
ガノーチカは大型の『虫』だった。長い体躯で、硬く鋭いヤスリ状の表皮を持っている。性格は狂暴で、満腹中枢が無いのか、街へ来襲すると、多くの人間を無差別に喰らいつくす。喰われなかったとしても、その表皮に触れれば、皮膚は削り取られ二度と見られない姿になるのだ。
家畜も襲うが、一度でも人間の味を覚えた奴は、また必ずやってくる。そのため、討伐隊が組まれることもあるほどだった。
同じく虫の存在に気づいていたジャマールが叫んだ。
「隊長! こっちに気付いたようです。向かってきます!」
アキトは、握っているレバーに力をこめながら覚悟を決める。
「やるぞ! レイカー、ジャマール!」
アキトはそう言うと、向かって来るガノーチカへ向けて、ライフルボムの狙いを定めた……。
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