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何を言ってるのだろう。俺は困惑して、でも、と続けた。
「みんな、人が死んで悲しんでるんですよ?家族が死んだ、部活仲間が死んだ、クラスメートが死んだ……その悲劇を覚えてるの、きつくないですか」
『確かに、貴方の死は理不尽な悲劇として刻まれるでしょう。しかし、貴方の存在は、けして不幸なものではありません。私は、貴方を天国に迎え入れるつもりでいます。それは、貴方が客観的に見て、多くの人を幸せにした人間だからです』
「そ、そんなことは……」
『部活の仲間、クラスの仲間、家族親戚。それらが貴方の死を悲しむのは、貴方と過ごした時間が幸せだったから。それがわかりませんか』
理屈は、わからないでもない。そこまで愛されているのは純粋に嬉しいとも思う。でも。
「それならそれで、失った苦しみは大きくなるんでしょう?」
それにそう、彼女はどうなのだ。
俺がずっと想い続けてきた、俺をずっと支え続けてきた少女は。
「特に、日野はどうなるんですか。彼女、俺と両想いだったことも知らないんですよ。生涯報われない片思いになっちゃったようなものなんですよ。それ、本当に、辛くないんですか」
『では訊きますが、貴方は日野リヅに想いを寄せて、不幸だったのでしょうか?最終的に片思いで終わるかもしれないと思っていながら』
「え」
『片思いでも、愛は愛なのです。……本物の愛は、片思いでも、想う人間を幸せにするもの。違いますか』
「あ……」
俺の頭の中で、日野が振り返って笑う。手を振る。勝った時におめでとうと言ってくれたのも、負けた時に一緒に泣いてくれたのも、誕生日プレゼントをこっそりくれたのも、一緒に何気ない話をしながら帰路についたのも。
思い出すだけで幸せになれるのは――日野も、俺のことを好きだったから、と知ったからじゃない。
知る前から、そうだった。恋は、片思いでも人を幸せにする。することができる。なんで、そんなことも気づけなかったのだろう。
きっとそれは、友情や家族愛でも同じことで。
『貴方は……皆さんの心の中で生き続ける義務があります。彼等が、それを捨てたいと願わない限り、ずっと』
その上で願いを決めてください、と神様は言う。
彼らの心を侵害しない範囲で、今、俺が願えることは。
「……あいつらを、ずっと、幸せに」
掠れた声で、俺は笑った。滲む視界で、笑った。
「でもってできるなら……生まれ変わっても俺、あいつらの傍にいたいです」
愛が呼ぶ声がする。後ろ髪を引かれながらも、俺は山のてっぺんから空へと昇った。
願わくば次は、次こそは、一日一日を後悔しない人生を。
愛してくれる人を、一人でも悲しませないために。
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