愛が呼ぶ声がする。

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愛が呼ぶ声がする。

水城(みずき)ぶちょー、いいですって、残り俺等でやりますって!」  グラウンドの向こうから、サッカーゴールを移動させた後輩たちが駆け寄ってくる。うちの高校では、サッカー部が活動した後はゴールをグラウンドの隅まで寄せることになっているのだ。ちょっと重たいし大変な作業なのだが、以前ゴールが倒れて生徒が怪我をする事例があったので仕方ないのである。  後輩たちは、第二コートのゴールを動かしてくれていたようだった。一人で第一コートのゴールを移動させていた俺は、彼等を振り返って笑う。 「大丈夫大丈夫。もうこっち終わっから。あ、じゃあボールだけ倉庫にしまってくんない?」 「それはいいですけど、ゴールの方が重いのに」 「気にすんなし。俺でかくて力持ちだから!」  むき!とマッチョポーズをしてみせる俺。三人の後輩たちは、それぞれぷっと噴き出してみせた。力持ち、というわりに貧弱な俺の腕がおかしいのだろう。  実際見た目より力はあるんだけどなあ、と俺は力こぶができる気配もない己の二の腕を見つめる。 「なんか、いつもすんません。三年生なのに、片付け手伝ってくれて」  一年生の一人、卓哉(たくや)が苦笑いして言う。 「ここだけの話。水城部長が積極的に片付けと準備するようになってくれたから、そのへんの作業は全部一年生がやんなきゃいけないっていう風習、なくなったっていうじゃないですか。正直、俺らとしてはすごく助かってます。一年生だけで全部やるの大変だったんで」 「俺だけじゃなく、他の二年三年にもお礼言えよー。俺がやろうつっても、あいつらが断ったら実現してないんだからさ」 「もちろんです!本当に感謝してます」  一年生は、レギュラーでもそうでなくても準備と片付けをすべてやるべし。上級生が来る前に全部終わらせないと罰走。暗い時間だろうと灼熱の太陽の下だろうと関係なく罰走。――正直、そんな謎の風習はなくすべきだと思っていたのだ。一年生たちだって、楽しくサッカーをやる権利がある。そして、俺たちが一年生の時にやらされたからって、下級生にその悪習を引き継ぐ必要なんかないのだ。  俺が入った時、うちのサッカー部は“昭和かよ!”と思うようなカビの生えた悪習がたくさん残っていた。合宿で、徹夜して次の部長を決めるなんてのも愚かな慣習だとしか言いようがない。そういうものは、俺が上級生になると同時にみんな仲間たちと変えていったことだ。ブラック部活なんて言葉も今はある。昔とは気候や環境も違う。変えていくべきことは一つずつ変えていって、みんなで笑ってサッカーができるのが一番に違いないのだから。 「今日結構暑かったし、アイス食って帰るか。おごるぞ」  俺はまだあどけない顔をした後輩達を見回して言った。 「あ、でも卓哉はチャリ通だっけ?」 「電車でも通学できるし、なんなら今日は自転車ガッコに置いていくんでいいですよ。奢られたいでーす」 「ちゃっかりしてんなーお前」  さらに後ろから、俺もアイス!僕も!という声がちらほら聞こえてくる。財布の中身足りるかな、みんなガリガリくんでいいか、そんなことを思っていた時だった。 「あ、れ?」  突然、ぐにゃり、と視界が歪んだ。なんだこれ、と思った次の瞬間、景色がぐるんとひっくり返っている。  頬に当たる砂利の感覚で気づいた。俺、倒れている?と。 「水城部長?」 「水城先輩!?」  少年達の焦る声。それから。 「ちょ、どうしたんの水城!?」  遠くで、マネージャーの日野(ひの)が叫ぶのが聞こえた。それが、俺の最後の記憶となったのである。
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