卒塔婆山

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「ねえ」声をかける。「おじさん何やってんの?」 「まんじゅう食ってんだよ。お供え物の。ここはめったに墓参りする奴が来ないけどたまに探すとあるんだ」 「食べていいの勝手に」 「いいわけねぇだろ常識で考えろガキ」 「あんたに常識諭されたくないんだけど」 「食わなきゃ俺が死ぬんだよ」  おじさんは汚かった。  服もボロボロで土で顔も身体もまんべんなく泥色。 「花も食えるっちゃ食えるが造花ばりだ。ちぇッ。墓ばっか増えてしょうもねえ」  おじさんは必死に生きようとしていた。  そんな姿を見て私はなんだか嬉しかった。汚いおっさんが面白いとかではなくて必死に生にしがみつく人を見られて嬉しかったから。 「ほんと……しょうもないよね」 「お前小学生だろ。家に帰らなくていいのか。夕方から夜は早い。家族が心配するぞ」 「心配する人はいないよ」 「ふぅんあっそ」 「それに、家、近くだもん。あの朱色の屋根見えるでしょ。あれがうち」 「ああ、いつも窓とカーテン閉めっぱなしのあの家か」 「うげ、なんで知ってるの」  なんか引く。 「クソ暑いのに窓閉め切る家なんて珍しいからだよ。その顔やめろ」 「だって見たくないんだもん。……この山」 「卒塔婆山?」 「だって気持ち悪いじゃん。墓だらけで。それに自分から死を選んだ人たちのお墓なんて頭おかしいよ」  私には理解できない。 「ハハハ、俺なんかこの山に住んでるからな」 「おじさんなんとも思わないの」 「何を思ったってねェ。俺にはここしか居場所ないから。供え物も豪華で食い物にも困らないし。住めば都ってやつ」  こんな罰あたりなことを言うおじさんなのに、私はなぜか彼に心を開いてしまった。 「おじさんまた明日もいる?」 「他にどこ行くってんだよ」 「『このように人間の安楽死は自分で命の選択ができるようになり突発的な自殺や衝動的な殺人を防ぐことに成功し、また、終活も効率的に進められるようになりました』」 「『自分で終わりを決められるため、親族に前もって別れの報告や生前葬も活発に行われるようになり』……」 「『また、近年の高齢者入所施設ではエンディングノートを書く時間を設けるようになり……――』」  反吐の出るような授業を聞かされるのもn回目。  この無意味なルーティンをあと何回繰り返せばいい? 「よお、学校は楽しかったか」  奇妙なことに、前まで見ることすら嫌だった卒塔婆山に私はあれから毎日通うようになった。  この日も頂上まで登ると、おじさんは大福もちを食っていた。 「それ嫌味? 楽しいわけないでしょ。義務じゃなければ行かないよ。世の中陰鬱すぎる」 「お前ももう中学生か。ランドセル背負って会った時が懐かしいや」 「厳密には中三だよ。来年の春に高校生になる」 「高校生か。これから未来がいっぱいでいいな」 「それも嫌味だよね」  あれから地獄の山に生える針はさらに増えた。  安楽死を望む層は皮肉なことにこれからの未来を担う若者たちの層だった。  私の町の人口は今までの二分の一にまで減少した。  墓石の数は倍になった。 「知ってる? おじさん。この町とうとう半分まで人口減ったんだって。当然だよね皆どんどん死んじゃうから。今度は過疎化した人口を戻すために強制的に結婚して子供を増やす制度が出来たんだよ。都会とか政令指定都市から導入されるんだって。この町って指定都市なんだよね田舎すぎて忘れてたけど」  私の背中には花束が隠されていた。  持ってるのを目敏く発見するおじさん。「それ俺に?」 「違うよ。……両親に」  今日私がここに来たのは目的がある。  私の腕には生花の花束が抱えられている。もちろんおじさんに食わせるためじゃない。 “卒塔婆山(ここ)”に眠る両親たちのためのものだ。 「不思議。今は平気で来られる。前まで視界に入れることすらムリだったのに」 「そうか……お前の両親は」 「そ、私だけ置いてね」 「そうか」  安楽死は救いじゃない。  自由な選択でも個人の尊厳でも尊重でもない。  だって、残された方は地獄だ。 「私もやっとふっ切れたのかな。最後に墓参りができてよかった」  頂上にある両親の墓に私は花を供えると、おじさんに向き直る。 「私この町を出てくよ。今日はお別れを言いたくてここに来たの」
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