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夜も更けたころ、舟木湊のスマホが振動してメッセージの着信を告げた。
発信元は仁科航平。
本日、同僚の大橋が申請漏れという騒ぎを起こした際、駄目元でパスワードを訊ねるメッセージを送っていたため、折り返しをしてくれたのだろうと考えた。しかし、すでに解決した旨は追記で送付済み。
明日の帰着時間は事前に聞いているし、戻ってゆっくりして、夕飯でも食べに行こうと約束してある。もしや予定が変更にでもなり、その連絡だろうか。
訝しく思いながらもメッセージを開いた湊は、その文言を何度か見直してみる。しかしアプリを一旦閉じて、もう一度開いたところで内容は変わらない。
壁にかけた時計を見る。もうあまり時間はない。
部屋着を脱いで、ジーンズを穿く。
財布とスマホ、部屋の鍵を鞄へ入れると、最寄り駅へ向かった。
改札から流れ出てくる人数は少ない。
それでも幾人かのひとを吐き出したあと、遅れるようにしてその男は現れ、待ち構えていた女性を見て目を見張った。
「どうしてここに居るんだ、湊」
「それはこっちの台詞。泊まって帰ってくるんじゃなかったの? 出張申請は宿泊で出してるんですけど?」
睨まれた男は、ばつの悪そうな顔を浮かべて視線を逸らせる。
敏腕課長、氷の男、鬼の仁科などと言われる姿はどこにもない。舟木湊にとっての仁科航平は、むしろこちらのほうである。
「だからって来なくても。危ないだろう、夜も遅いのに」
「来ないほうがよかった?」
「……いや、顔が見られて嬉しい」
そう言って近づいてきた恋人を、湊は受け止める。背中に回される手、引き寄せるちからがやけに強い。
「疲れた」
「その疲れとやらは、この香水の主が関係しているわけ?」
言うと、ばっと手を放し、自分のスーツの袖に鼻を近づける。
「違うぞ」
「べつに浮気だとは思ってないよ、言い寄られでもして、ホテルについて来られないように帰ってきたってわけね」
この男は、顔面偏差値が高いので、女ホイホイなのである。似たようなことはこれまでにもあり、いちいち浮気だなんだと疑っていてはキリがなかった。
航平が湊以外の女性に一切の興味がないことは、よく知っている。伊達に長く付き合っているわけではない。
出会いは中学。付き合ったのは高校から。
同級生には「まだ結婚してないの?」と驚かれるが、これには少々事情があった。湊の父が、娘可愛さに条件を突き付けたせいだ。
三十歳までに課長クラスに昇進しろ。
無茶もいいところであった。
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