もっとも大切なことは最後の一回で

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 その条件年齢にたった数日及ばなかったことを気に病んで、航平は未だ正式な結婚の申し込みをしようとしない。  湊の父も引っ込みがつかず、悪循環を生んでいる。  まったく本当にバカで律儀な男だと呆れつつ、けれどそういう真面目なところが湊は好きなのだ。 「じゃあ、また明日ね。夕飯食べに行くのは変わってないよね?」 「ちょっと待て、帰るのか」 「そりゃ帰るわよ。家を空けるつもりで出てきてないもの」  言外に、俺の家に寄ってそのまま泊まっていかないのか、と言われたが、何事にも準備というものが必要だ。  落胆する航平に近づいて、湊はそっと背伸びをする。  ただ触れるだけのくちづけ。  それでも恥ずかしいものは恥ずかしく、そっとうしろに下がろうとした湊の腕を、航平は掴んで引き寄せる。 「足りない」  呟くや否や顔を寄せ、くちびるが重ねられた。繰り返し、何度も。  深夜とはいえ往来の、誰が見ているかもわからないような場所での行為。背徳感に酔いそうになる。  息継ぎの合間になんとか空間を確保し、息の上がった状態で男を睨むが、当の本人は妙に熱のこもった眼差しを向けてくる。普段の顔と正反対なそれに、湊はますます顔を赤くした。 「今日はここまで、おしまい。残りは明日」  夕飯のあとは、そのまま泊まるから。  匂わせたそれは正しく伝わったか、難しい顔をして航平は頷く。 「わかった。なら、あと一回だけ」 「……い、一回でおしまいだからね」  だがその一回がどれだけ激しく濃厚だったのか。  安易に頷いてはいけないと、舟木湊は恋人の腕の中でしみじみ思い知った。
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