もっとも大切なことは最後の一回で

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 この騒ぎは、ひとりの社員が、とある申請を忘れていたことに起因する。  大橋(おおはし)太郎(たろう)、二十四歳。  新人らしく、まだ若干ぬけているところはあるが、良くも悪くも失敗を引きずらない明るいカラリとした性格は、年上ばかりの三課のムードメーカーとなっている。  そんな大橋がやらかしたのが、当月内に処理しなければならない申請。  申請自体は本人が実施すればいいのだか、それを承認する工程があるわけで。  しかし承認者の課長は本日から研修出張で不在。  モバイルパソコンは持って行っているが、研修中は使えないため、確認するのはホテルに戻ってから。  そう言われているが、期限のある案件はあらかじめ締切をずらしてあり、さほど急ぎの仕事はなかった。  最終営業日で金曜日、明日から三連休ということもあり、来月に入ってからでいいかと全員が呑気にかまえていたところ、昼休み明けに大橋が「あ!」と声をあげて事態が発覚した。 「バカタローは、なんだってよりにもよって、課長承認必須の案件を忘れてたんだよ」 「昨日、言ったよな。課長の承認がいる仕事は今日中にお願いしておけって」 「……そうなんすけど」  リーダーの河合(かわい)義則(よしのり)と、先輩社員の佐藤(さとう)(あつし)が苦言を呈す。くちが悪いふたりだが、それでも後輩を見捨てたりはしない面倒見のよさもある男たちだ。  該当システムが使えるパソコンを操作する大橋を取り囲みながら、ひとまず自身の申請を入力させた。それ自体は完了し、続く手順が上司承認。業務内容によってはリーダーが代理承認が可能なのだが、生憎とこの案件は課長でなければできないもの。  大橋のIDはログアウトして、課長である仁科(にしな)航平(こうへい)の権限でログインを試みる。
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