もっとも大切なことは最後の一回で

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「昔なら、付箋つけてそのへんに貼ったりしたもんだけどなあ」 「個人情報云々かんぬんで、デスクまわりが厳しくなりましたねえ」 「どっかにメモってねえか」 「引き出しを勝手に開けるのはしのびないなあ」  そんなことを言いながら、四人はぞろぞろと課長の机に集まった。  承認待ちのレターボックス、電話機、ペン立て、卓上カレンダーが整然と並んでいるだけで、余計なものは一切ない。 「さすが性格が出てるよなー。綺麗なもんだ」 「ピシっとしてますよね、仁科課長」 「そのぶん、怖ぇけどな」  仁科航平、三十二歳。すでに課長へ昇進済みの、若手のホープである。  薄いフレームの眼鏡越しに見える眼差しは常に鋭く、ついでに口調も鋭い。どんな相手だろうと容赦なく正論を叩きつけ、相手をやりこめる有能な社員である。  容姿端麗で高身長。  甘いマスクではなく、普段の言動どおりに厳しい顔をした男だが、そこがクールで素敵だと人気がある。  社内恋愛は禁止されていないため、年上の先輩から後輩に至るまで、ありとあらゆる女性から秋波を送られるも、入社して十年ほど経つ今も浮いた噂はひとつもなかった。  告白した相手に対して情け容赦なくあれこれ追及し、当の女性社員が泣いたという噂はどこからともなく伝わってくる。  悔し紛れに本人や、仲のいい同僚たちが悪意をもって流しているのかもしれないが、それでも果敢に挑む女性は後を絶たず、「あれが、ただしイケメンにかぎるってやつか」と、男性社員はやっかみとともに囁いている次第である。  それでいて彼が嫌われていないのは、どんな美人が相手であろうと素っ気なく、あるいはこっぴどく振るからだ。アイドル並に可愛いと評判だった受付嬢が公衆の面前で派手にぶったぎられていたのは、後世に語り継がれると言われている。  なお、当の受付嬢は専務の愛人だったことがバレて修羅場となり、別の意味でも伝説になった。
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