もっとも大切なことは最後の一回で

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「名のとおり公平なんだよ、あれは」と、最年長の河合が言うと、「俺はあのハッキリしたとこ好きだけどな」と、佐藤も続く。  第三課は、課長を含めた五名で構成されていることもあり、仲間意識は強いのだ。配属二年目の大橋は、そこで紅一点に問いかける。 「舟木(ふなき)さんは、仁科課長と同期なんですよね」 「そうだけど」 「入社したころって、どうだったんですか?」 「あのまんま。昔から変わってないよ、仁科くんは」  肩をすくめた彼女に対し、河合が笑って言う。 「そういう(みなと)ちゃんも、ぜーんぜん変わんないよね」 「河合さん。おじさんくさい昔話するより、パスワードをどうにかすべきでは?」 「……現実を思い出させるなよ」  なんとなく盛り上がっていた空気がしぼんだ。  話のキッカケを振った大橋は、申し訳なさそうに背中を丸めて縮こまった。  舟木女史はクールであるというのも社内の評判だ。  化粧っ気のない顔に、黒髪をシンプルにひとつくくりにしている。同じ事務服を着ているのに、舟木湊の姿はものすごく固く、生真面目で、おいそれと冗談を言えないような壁があった。  あの(・・)仁科氏、唯一の女性部下ともなれば女性社員の目が厳しくなりそうなものだが、無害として放置されているのは、彼女のクールさゆえである。あれは恋敵にならないというのが、女子の総意らしい。  完全なる安全牌。  社員食堂で同じテーブルについて向かい合って食べていても、まったく色気を感じないのだ。むしろ難しい仕事の話をしているのではないかという空気が漂う。休憩なのに休憩オーラがないときている。  彼と彼女は同期であり、同僚であり、どう見てもただの上司と部下だった。
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