もっとも大切なことは最後の一回で

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「あんときは、雑談まじりだったからなあ」と佐藤が言えば、「たしか仁科くんも課長になったばっかりで」と河合も続く。 「お祝いしようか、みたいな話をしつつ、えーと、あーそうそう」 「思い出したっすか!」  なにかに気づいたようすの佐藤に勇んで前のめりになる大橋に対し、先輩はカラリと笑う。 「や、パスワードとか忘れるよなって話を以前にしててさ。したらアイツ、ずっと同じパスワードを使いまわしてるって言ってた」  あの頭良さそうな仁科課長でもパスワードを忘れるなんてことがあるのか。  大橋は驚いたが、今はそういう場合ではない。結局、なにも解決していなかった。 「そこから、なにか、話は発展しなかったんすか?」 「たしか高校の頃に決めたやつを、いまでもずっと使ってるらしいぞ」 「高校時代? めちゃくちゃ古くないっすか。仁科さんって三十越えてますよね」  大橋は指を折って数え始める。  高校一年生だとしたら、十五年以上は前か。  高校生が設定する身近なパスワードといえば、携帯電話のロック解除だろうか。  初めて個人の名義で所持が許されるのは、高校生が多いように思う。中学生で持っているひともいなくはないだろうが、大橋の家ではそういったことに厳しく、高校生になってやっと買ってもらえて嬉しかったものだ。  仁科の世代ではたぶん、スマートフォンではなくガラケーのほう。あれにはたしか指紋認証というものがなかったはずなので、数字でパスワードを入力する機会は今より多かっただろう。それをずっと使い続けている。 「ということは、なにかとても思い入れがある番号ってことですよね」 「もしくは、身近な番号、かねえ」  河合が、頭をガシガシかきながら呟く。 「シンプルなのは誕生日か?」 「課長の誕生日は――」  大橋が訊ね、一同がうっと詰まったところで、紅一点による天の声が入った。 「七月七日」 「ありがとうございます!」 「七夕生まれかよ」  大橋の失態に付き合いきれないとでも思ったか、あるいは自分がやるべき仕事が残っているのか。自分の席に戻っていた舟木からの助けに、大橋は歓喜の声をあげ、佐藤は意外な誕生日に驚く。  0707と入力してエンターキーを押すと、無情にも同じ警告が現れるに終わってしまった。  天国からの地獄。  落差に肩を落とす大橋をよそに、河合と佐藤は呑気なものだ。
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