もっとも大切なことは最後の一回で

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「この並びを見ると、007にしたくなるなあ」 「それじゃ三文字じゃないっすか」 「じゃあ、いっそ全部7にするとどうよ」  佐藤はカタカタとキーボードへ『7777』を打ち込んだ。  大橋が止める間もなくエンターキーが押され、やはりというかなんというか、もう見慣れてしまったメッセージがエラーを告げた。  すでに四回間違えている。  つまり、残りはあと一回。もはや猶予はなかった。ラストチャレンジとなれば、さすがに真剣に推理しはじめる。  大橋は佐藤に訊ねた。 「たとえば、佐藤さんはどんな数字にしてるんですか?」 「オレ? 1019。子どもの誕生日」 「うわ、意外と親バカだった!」 「意外は余計だろ」  面倒くさげで、いかに仕事を楽にするかばかり考えている不良社員の意外な一面に、大橋は驚く。ひとは見かけによらないらしい。 「でも仁科課長は結婚してないですよねえ。あ、じつは隠し子とかは……」 「姪っ子しかいないわよ」 「うわ、それも意外な姿だ」  舟木からの天の声ふたたび。こちらが最後の一回に騒いでいるため、パスワード解析に参加してくれるらしく、いつの間にか傍に立っていた。 「すみません、舟木さんもお忙しいですよね」 「平気。私の場合、むしろ月が変わって、前月分の締めがあるほうが忙しいから気にしないでいい」 「お言葉に甘えます。それより、課長に姪っ子がいるとか驚きですね」  エリート課長にスキャンダルな事実がなかったのは幸いだが、姪っ子というワードもまた意外性が高い。  あの凝り固まった生真面目な男が姪を可愛がる姿なんて、大橋にはまるで想像がつかない。さすがに小さな子を泣かせてはいないだろうが。 「そう? 仁科くん、あれで末っ子よ。お姉さんとお兄さんがいる」 「末っ子!?」  絶対的上位者、みたいな貫禄のある課長と末っ子という甘ったれた言葉が、これまた結びつかない。面白すぎて顔が笑えてくるが、気分が和んでいるときでもない。  大橋は続いて、河合に声をかけた。
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