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レディ・ユーリー
「わざわざお呼び立てしてしまって申し訳ございません。遠方からきていただいて、ありがとうございます。レディ・ユーリー」
「いいわよ、私の名前知ってるんでしょ。大堀ゆりかで結構。」
「ありがとうございます。ただ『レディ・ユーリー』という名前を名乗っておられるのには、それなりのご事情がおありと思いますので。」
レディ・ユーリーの宿泊先となっている大使館近くのホテルのロビーで待ち合わせて、松田ウメの事務所の一室に来ている。もちろんレディ・ユーリーにはお目付け役として大使館員が付き添っている。見た目はイスラムの女性にしか見えないファッションだ。指にはずらっと大きな石の入った指輪をいくつもしているし、耳にも大きな金のイヤリングをしている。目元もアイシャドウなどで宝塚のスターにも負けないくらいのメイクをしているから、日本人だとはパッと見ただけでは分からないだろう。海のかなたで「王族の一員」として暮らすには、いろんな苦労もあったに違いない。が、そのことは興味はあるけど今はそんな話をしているときじゃない。
「ちょっと席を外してもらえないかしら?」
「しかし、万一なにかありましたら・・・。私も奥様のボディガードですから。」
「隣の事務室でお待ちくだされば。」
「ちょっと内輪の話なのよ。わかるでしょ、言ってる意味。」
「は。それでは隣におりますのでっ。」
不服そうな顔をしながらも、隣に引っ込んでいくスーツ姿の屈強な男。
「あちらの国ではね『内輪の話』というのはトップシークレットという意味なの。聞いたら命の保障はないっていう意味にもなるから、便利な言葉なのよ。」
「なるほど、それであっさり隣に引き下がったのですね。」
「ええ、ところで詳しい話が聞きたいわ。姪の真澄が相続で家を出されるって、どういうことかしら?」
それで、これまでのことをかいつまんで説明した。ざっくり言えば音信不通だった「もう一人の相続人の弟」が父親や母親の死ぬ直前に現れて、金銭を要求しているという話を繰り返した。
「なるほど。甥っ子はしばらく音信不通だったのね。」
「あの、レディ・ユーリーさんも消息不明で失踪宣告されてますよね?もし差し支えなかったら、なぜそんなことになったのかお話くださいませんか。今回のことに関係があるのかもしれませんし。」
レディ・ユーリーはお茶を一口飲んでから、ほうっと息を吐きだしてから心を決めたように話し出した。
「あなたは大堀家の事情をどれくらいご存じなのかしら。いえ、私を探し出すくらいだから、相当おわかりですよね。」
「ええ、まあ少しは・・・。」
「あのうちが『みしゃくち』様をお祀りする家だというのは?」
「知ってます。荒ぶる神で昔はシカやイノシシの生首をささげたとか。」
「その通り。あの土地を守り『みしゃくち』様を封じておくのが大堀家の務めなの。」
「それが失踪宣告となにか関係が?」
「姪っ子が巻き込まれている事態を見たらわかるでしょ?つまり相続人は一人でないと困るのよ。昔は「後継ぎ」と決められたものが全部相続していけばよかったけど、今はそういうわけにいかないじゃない?」
「え、それで自ら行方不明になったと。」
「まあ端折って言えば、そういうことね。」
ニッコリ笑った顔は、どことなく寂しそうだった。
彼女の話によればアメリカにわたって大学のキャンパスライフを楽しんでいるうちに、同じ大学にいた中東の王子と知り合って、向こうが「神秘的な黒い瞳の日本人女性」にぞっこん、メロメロになってしまったので、彼女としても王子を隠れ蓑にして行方をくらませることにしたらしい。
「最初はアメリカをほっつき歩いているうちに、所在をくらませるつもりだったの。わたしがいると大堀のうちの相続がいつか起きるから、それを回避したかったの。だから甥っ子も、そういうつもりで音信不通だったのかと思ったんだけど、親が死にかけたときにひょっこり現れたとは、ちょっと怪しいわね。なにかあるんじゃないかしら。」
「ええ、いま調査中で詳しく申し上げられませんが、怪しいんですよ。」
「わかったわ。私にできることがあるなら、なんでもするから連絡くださいね。」
「よろしくお願いします。」
「もし資金面で都合をつけないといけないんだったら、10億くらいまでは私の一存で動かせますから。それ以上になると、ちょっと時間が欲しいわ。」
「あの、10億って単位は?」
「あら、ごめんなさいね。いつもドルでしか支払いをしないので。」
「では10億ドルという意味でよろしいですか?」
「ええ。さすが代理人ね。ちゃんとそういう確認の出来る人で嬉しいわ。」
「お褒めくださって、ありがとうございます。」
「じゃあ、今日はこれくらいでいいかしら。」
「はい。またご連絡いたします。こちらのアドレスと電話はこの名刺のQRコードにありますので、空メールを送っていただけますか?」
「ええ、ちょっと待ってね。」
無造作にブランドの一点ものらしいバッグからケータイを取り出してQRコードを読み込んで空メールを送ってもらった。
「はい、確かに受信いたしました。」
「このケータイは、この件だけのための専用だから。」
「なるほど、さすがですね。用心されているのですね。」
「なかなか王室の一員っていうのも大変なのよ。」
ウインクをしてくるのが様になっているのは、さすが海外生活が長いからだろうか。
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