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大堀信彦
「ど、どうしよう。真澄おねえちゃん、弁護士たててきたよ。代理人だって。」
「びびるんじゃないよ、どうころんだってあの土地を売らなきゃ相続は無理なんだから。」
「で、でも・・・。あの土地は売っちゃいけないんだ。『みしゃくち様』を封じてあるところだからって。」
「今どき、そんな寝言を信じているのか。情けない男だな。」
「行方不明で失踪宣告を受けた叔母さんも、あの神様に食われたって、アンタが言ったんじゃないか。」
「私が言ったのはね、叔母さんは失踪したんじゃなくてその神様とやらにいけにえにされたんじゃないかって言っただけだよ。昔はシカやイノシシをいけにえにしたんだろ?」
「そ、そうだよ。シカの首やイノシシの首をずらっと庭の捧げものの岩に並べたんだって、おじいちゃんやおばあちゃんが言ってたんだ。」
「だからさ、いまはそんな捧げものをしないから代わりに叔母さんが捧げものになったんじゃないかっていうことを言っただけだよ。いまのままだとアンタも捧げものにされるよって。」
「いやだ、捧げものになるのは。助けてくれっ。」
「じやあ、言うとおりにするんだな。」
「わ、わかった。何でもする。」
「よしよし、いいこだ。私の言うとおりにしてたら、アンタは金をもらえるし、わたしはあの土地を手に入れてビルを建てる。それでいいじゃないか。」
「で、でもおねえちゃんは?」
「アンタも人がいいね。捧げものにされるかもしれないのに、人の心配している立場かい?大堀信彦さん」
前々からあそこの土地にビルを建てようとしていた不動産屋が大堀信彦とひょんなことから知り合って、代々の土地を姉とその子供に譲るために身を引こうとしていたところを、うまく言いくるめて父親が入院したころを見計らって実家のほうに行かせたり、母親もだんだん年を取ってきたことをいいことに、時々遊びに行かせたり、いらない知恵を付けていたのだった。
もちろん病院に手を回して嫌がらせをしたのも、この男の差し金だ。
しかも父親が土地や家屋を相続した時に叔母が失踪していたという話を聞いて、それをうまく家の神様とやらと結び付けて「下手をするとアンタも失踪した叔母さんと同じようになるぞ」と吹き込んだのだった。すっかり信じ込んだ信彦が神様の捧げものにならないようにするためには、あそこの土地を売り払ってお金をもらってどこかに行くことだと思い込んで、とにかく子供は2人なんだから1/2の相続を主張すればいいだけだと炊きつけられて、それくらいならできると思ってやってみたら、それが案に相違して姉の真澄が土地を手放すわけにはいかないと弁護士を立ててきたものだから目算がくるったというわけだ。
「とにかく法律ではアンタに1/2の相続をする権利があるのは間違いないんだ。土地の値段の半分をよこせといえば、どんな裁判所だろうと弁護士だろうと引き下がらざるを得ないんだから、怖がることはない。」
「ほ、ほんとうにそれで大丈夫なんだろうな。」
「厭ならよせばいい。私は困らないさ。」
「で、でも向こうは代理人が・・・。」
「こっちも代理人を立てるだけのことじゃないか。心配ない、私の知り合いの代理人を紹介するから。」
「あ、ああ。よ、よろしくお願いします。」
ぺこりと頭を下げる信彦をみて、不動産屋はにやりと笑った。
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