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大堀家の口伝
相手方と直接は接触できないという代理人の代わりに私が動きましょうというレディ・ユーリーの申し出はあったものの、なにしろ彼女は目立つ。さすがに向こうの国にいるときのような、イスラムっぽいファッションではないものの、指には大きな石のはまった指輪をいくつもしていて、金のネックレスやら太い腕輪をしていて、下手なところを歩かせたら強盗に合わないとも限らない。そりゃあボディガードがいるけど、できたらもっと地味な格好をしてほしいところなんだけど・・・。
そう思っていたのが分かったんだろうか、次に会ったときには「しまむら」と「ユニクロ」でそろえてきたのはさすが。こういう頭の働きのいいところが王族に気に入られるんだろうな。アクセサリも地味な結婚指輪だけになってた。もっとも地味とはいえ、かなり太い金の指輪なんだけど。メイクもはっきりクッキリ系とはいえ、前よりは相当あっさりしている。
「どぉ?日本では、こういう服のほうがいいと思って買ってきてもらったんだけど。」
「ええ、とても普通の日本人らしくていいですよ。」
「よかった。メイクもかなり抑えてきたのよ。変装しているみたいで楽しいわ。」
ああ、なるほど。変装というかコスプレ感覚なのか。それなら大使館の人や王族たちも納得するのかもしれない。ガタイのいいボディガードがいなかったら、彼女だと分かる人は少ないだろう。わたしも一瞬、誰だかわからなかったくらい。
「それで、どうしたらいいの?」
「こちらが調べた限りでは、どうやら甥っ子の信彦さんですが居場所は分かりました。それでですね、あなたが叔母さんだということが向こうに分かるものか何かあるといいのですが。」
「それは任せて。大堀家に伝わる口伝があるから、それを言えば分かってくれると思うわ。」
さすが荒ぶる神様を代々封じ込めているうちは違うなあ。家に伝わる口伝とは・・・。
「それって、一子相伝ってわけじゃないんですか?」
一緒についてきた事務の佐倉さんが聞いてくる。
「ええ、子供はみんな言えるように練習させられるわ。やってみましょうか?」
「え、いいんですか?」
「ええ、聞いてもできないと思うから」
ちょっといたずらっぽく笑いながらウインクをしてくる。
「あの・・・バルスっっってやつじゃないでしょうね?」
「そういう系もあるわよ。でもそれはちょっとね。じゃあ、そうね。定番の世の中の安寧を願うやつでも。」
バルス、わかるんだ。しかもそういう系のがあるんだ。
「MGZKY!」
字で表せない音が耳に響く。あえて書くとMGZKYという感じになる。
「む・が・じゃ・く・・・んーー、あと2音くらいありますよね。それを一音で圧縮した感じ。たしかにこれは言えないですね。」
佐倉さん、すごい耳をしている。私にはそんな風に聞こえなかった。
「あら、よく聞き取れたわね。そこまで聞こえる人って滅多にいないわ。」
「わたし、いろんな言語のマニアなんです。」
「ああ、私を見つけたのも貴方ね。相当優秀なイスラムの言葉の使い手がいるらしいって聞いたけど。」
「お褒めくださって恐縮ですわ。レディ・ユーリーさま。」
二人の間に、なんともいえない親愛の情のような、同格のライバルを見るような火花のようなものが一瞬ぱっと散ったような気がした。
「それでは、信彦さんをちょっと誘拐まがいの真似をしないといけなくなるかもなんですけどね。」
「まあ、ワクワクするわ。まるでスパイ映画みたいね。でも誘拐なんて物騒なことにはならないわよ。長いこと疎遠だった叔母が甥っ子とお茶するだけなんですから。」
「そうですね。それに叔母様にあたるかたは、たまたま日本に来てたまたま甥っ子さんにバッタリ会うだけですものね。甥っ子の信彦さんは、どうやらあなたが行方不明なのは「神様に捧げものにされた」からだと思い込まされているようなんです。だからあなたが叔母さんだと分かってもらうことが大変重要なんです。」
「なるほど。それで私の素性を信彦が納得したら、こちらが信彦をうまく説得すればいいのね。まかせて、それは考えてあるから。」
「お願いします。依頼人の真澄さんがあそこの土地を守っていくためには、レディ・ユーリーのお力添えがぜひ必要なんです。」
「わかってるわ。あの土地は守らないと。後継ぎ失格だった私にできる精一杯のことはさせてもらうから。」
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