執事の庄司

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執事の庄司

ウメの仕事は以前は弁護士と呼ばれる仕事だが、時代は変わった。「できるだけ相手方とは非接触で争うこと」という法律ができたおかげで、「代理人」という仕事になっている。もちろん依頼人に成り代わって、依頼人の利益を最大限、法律に基づいて確保するのが仕事だ。そこは「弁護士」と呼ばれた時代と変わりはない。ただ「代理人」になるには法律のエキスパートというだけではいけない。基本的にこの仕事はボランティアなので、実費以外を受け取ると即資格が無くなる。だからそれなりの資産家であることが求められる。依頼によっては「代理人」が持ち出しをしてでも、依頼人のために働くことになる。そして依頼人が満足すれば、それが評判になり「代理人」としての評価が高くなる。が、別にだからと言って儲かるわけでもないので一種の「名誉職」「ボランティア」ともいえるのが、この「代理人」という仕事だ。 そんな代理人の一人に「松田ウメ」がいる。もちろん資産家のお嬢様で、執事がいるような暮らしをしているが、仕事に対しては妥協しない意外と硬派な性格の持ち主のようだ。そんな松田ウメに依頼が来た。 仕事は選ぶ方だと思ってる。 だって「自分が代理」になる以上、欲の皮の突っ張ったやつや弱い者いじめをするために訴訟をしようっていうやつの代わりなんてまっぴら。 やむにやまれず、追い詰められて仕方なく、本当は訴訟なんかしたくはなかったけど他にどうしようもなくなって、そんな切羽詰まった立場の依頼人なら喜んで引き受ける。だからいつも赤字だ。実費はもらうけど、依頼人によってはそれすら請求しないこともある。だってお金のためにやってるんじゃないし。 依頼人の懐具合だって、こちらはきちんと把握して引き受けてるから、引き受ける時点で赤字確定っていうことなんか、しょっちゅう。だから執事の庄司にはお小言くらうんだけど・・・ 「お嬢様、また難しい面倒なのを引き受けられたんですね。しかも、実費が払えるかわからないような。」 「そうよ。」 「今度は、一体どんな依頼人なんです?」 ため息をつきながら聞いてくるのは執事の庄司忍(しょうじしのぶ)。父の代からの我が家に仕えてくれている。こまごまと気が付いて頼りになるけど、口うるさいのが玉に瑕。私のことを心配してくれているんだろうけど。いや、松田家の財政の心配なのかもしれない。なにしろ私の依頼人は、お金があるとは言えない人が多いし、労力のわりにお金にはならないことも多い。 「ざっくりいうと相続争いよね。ありがちっていえばありがちなタイプ。」 「おや、珍しいですね。いつもはもっと面倒でややこしいことを引き受けるのに。」 「それがご期待に応えられるくらい面倒でややこしそうよ。」 庄司のため息が一段と大きく聞こえたが、聞こえないふりをする。 「単純に法定相続分を主張しちゃえば話は簡単なんだけどね。なにしろもう一人の相続人っていうのがタチが悪いみたいでね。いままで音信不通だったのが、相続ということになったら急に姿を見せたらしいわ。当然、葬儀代やら諸々かかってるお金は依頼人が全部払ってる。で、そのお金に関しては知らんぷり。とにかく自分の相続分の金をはらえ。さもないと土地を競売にかけて売り払うぞって脅かしてきてるらしいのよね。それで依頼人は住んでいる家も追い出されそうだっていうことで相談に来たのよ。ほかにもいろいろあるらしいわ。」 「さようですか。ご兄弟との相続問題ですか。たしかに良くあることではございますが、また厄介なことでもありますなあ。」 「そうなのよ。依頼人は両親と同居してて、老後の世話は見てもらうから土地はお前が好きにしていいって言われてたらしいのよね。依頼人は優しいから、離れて住んでいる弟にもちゃんとそれなりに相続分を考えてくれって言ってたらしいんだけど、遺言書はないし。最終的には法定相続に沿ってやることになると思うけど、なにしろ親の葬式にも出なかったみたいよ、その弟。」 「なかなか面倒そうですなあ。法律的には簡単な話でも、肉親というのは一度こじれると泥沼になるのが相場ですからなあ。」 「そのとおり。でも私は代理人として依頼主の希望をできるだけかなえるわ。」 「そうでございますか。」 庄司はまた大きなため息をつくのだった。
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