ただいま、おかえり

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ただいま、おかえり

 公園で女の子が泣いていた。水色のランドセル、ひらひらの白に花柄のワンピース、ふたつ(しば)りの可愛らしい子。転んだのか(ひざ)()りむいていて、ワンピースも土で汚れている。  「大丈夫?」  大夢(ひろむ)は膝を付いて声をかけた。女の子がびっくりしたように目を丸くした。そこまでおどかせてしまったろうか。大夢は意識して表情を優しくする。  「転んじゃったの?」  女の子は自分の膝を見て、大夢を見て、ぐしゃっと顔を(ゆが)ませた。わぁっと大きな泣き声が炸裂(さくれつ)する。  「痛いよ、おうちに帰りたい! 帰りたいよ‼ お母さん、お父さん!」  聴いている方が泣きたくなるような声だった。誰も声をかけてあげなかったんだろうか。そっと頭に手を置いて少しでも気持ちが落ち着くのを待つ。  「僕がおうちまで連れて行ってあげるから、ね? 泣かないで?」  「ほ、ほんと? 私、おうちに帰れる?」  涙に()れた期待が(にじ)む瞳に大夢は安心させるように笑みを浮かべて大きく(うなず)いた。それを見た女の子がやっと笑った。大夢と手を(つな)いで歩き出す。  「私、めいちゃんっていうの! 1年生!」  「めいちゃん、っていうんだね。僕は大夢っていうんだ」  「ひろむおにーちゃん」  舌っ足らずな呼び方がくすぐったい。妹がいたらこんな感じなんだろうか。ひとりっ子の大夢はほっこりする。さえずるように話すめいちゃんは弾むような足で大夢を引っ張る。  「めいちゃん、おうちわかるの?」  「わかんない。でも、探しものあるの」  「何を探しているの? どこで落としたとか覚えてる?」  めいちゃんはうーんと(うな)って首を傾げる。  「お母さんが作ってくれたお守りなの。おっきい石があって、なんか(ひも)があった」  「遠足にでも行ったの?」  小学校1年生が校区外に出ることは珍しい。そう思って聞いたのだけどぶんぶんと首を振られる。少し目が潤んで大夢は慌てて話題を変える。  「おっきい石って、どれくらいかな?」  「んー、めいちゃんよりおっきい!」  それは、岩というのではないだろうか。なんだろう、嫌な感じがした。でも、めいちゃんを家まで送りたい。大夢は深呼吸をして覚悟を決めた。慎重に情報を聞き出す。  「おっきい石は、ひとつだけ?」  「みっつ! どーんとおっきいのが立ってるのと寝てるのがあったよ」  「紐は、細い? 太い? 色もわかるとうれしいな」  めいちゃんは一生懸命に思い出して両手を小さい前ならいのようにしてきゅっと幅を縮めた。綱引きの綱より少し細いだろうか。  「色はあまり綺麗じゃなくて、ねじねじしてた。落っこちてたの」  しめ縄? (さび)れている、忘れられた大きな岩のご神体と仮定して近くの図書館に寄らせてもらう。めいちゃんは興味深そうに周囲を見渡していた。図書館の人にも聞いて町内にある古い記録から昔(まつ)られていた場所を教えてもらう。自由研究を考えていると言ってメモを取って外に出た。  「ひろむおにーちゃん、どうしたの?」  「ん?」  「怖いお顔―」  知らぬうちに強張(こわば)っていたようだ。片手で自分の顔をマッサージして(つと)めて笑みを浮かべる。  「ちょっと考え事しちゃってた。ごめんね」  「怖い顔、嫌」  「そうだよね。ごめんね」  すっと(かげ)っためいちゃんの頭を()ぜて謝る。しっかり手を繋いで大夢は歩き出した。図書館から15分。めいちゃんの小学校からならたぶん40分ほどの距離にある低い山。昔は遠足にも使われていたらしいが、木々を管理する人がいなくなって保安上問題があると人が入らなくなった場所。  「お守りね、黄色いフェルトにキラキラが付いているの」  「それは、見つけたいね」  草がぼうぼう生えて視界が悪い。小さな子どもなら簡単に(かく)されてしまう。微妙(びみょう)な道を通って大きな岩を探す。  「あ……」  見つけた。迫力のある大きな岩。めいちゃんが言った通りの。ぎゅっと小さな手に力が入った。顔も青ざめている。  「めいちゃん、ここで待てる? あそこは危ないから僕が探してくる」  「見つけて、くれる?」  「うん、指切りしよう」  約束げんまんを歌って何度も振り返りながら大夢は震えそうになる足を叱咤(しった)して岩に近付く。まだ神様がいるかもしれないから1度しっかり(おが)んで。振り向くと少し離れた場所から食い入るように見つめているめいちゃんが見えた。  「見つけなきゃ」
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