ただいま、おかえり

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 大夢(ひろむ)慎重(しんちょう)に草の隙間(すきま)(のぞ)き込む。大岩の周りをゆっくり歩いて真裏(まうら)に来た時、色あせた黄色が目に入って手に取った。星のスパンコールとキラキラの花のビーズ。岩陰から出てお守りを(かか)げて見せる。距離的に見えなそうなのにめいちゃんは大喜びで跳ねている。大夢はもう1度合掌(がっしょう)して駆け戻った。  「めいちゃんのお守り! 良かったー!」  「うん、良かった」  「ありがとう、ひろむおにいちゃん」  「どういたしまして」  「おかえりって言ってくれるかな」  大夢は泣き出しそうになるのを(こら)えて笑う。  「ただいまって言えば、おかえりって迎えてくれるよ」  「うん!」  すっと目の前からめいちゃんの姿が消える。今まで心霊体験なんてしたことなかったけれど途中から気付いていた。あの子が亡くなっている子だって。だからこそ、お家に帰してあげたかった。  大夢は交番に寄って手に残っていたお守りを届けた。自由研究の題材を探して偶然見つけたという形で。  数日後、ニュースが流れた。9年前、学校帰りに行方不明になった女の子、泉 明花(いずみ めいか)ちゃん(6)の白骨遺体があの低い山から見つかったと。両親の様子も流れた。大夢が届けたお守りを握り締め、泣きながら「めいちゃん、おかえり」と何度も言っていた。その(となり)(こた)えるように「ただいま!」と笑う姿が見えた。  「……っ」  涙を流す大夢を見た家族が(さっ)して優しく肩に手を置いた。大夢の母がもらい泣きをしながら大夢を(ねぎら)う。  「あの子、家に帰れたんだね。良かったね」  「でも……」  「大丈夫。きっと犯人は見つかる。遺留品(いりゅうひん)が見つかったら、そこから絶対に(つな)がるはずだ」  父がそうであれと念じるように(うなず)く。そして、ぼそりと大夢を(しか)った。  「あまり危ないことはするな」  「はい……」  両親の心配もわかる。でも、きっとこの先も迷子を見つけたら動かずにはいられない。きっと今まで以上に帰りたいところに送り届けてあげたいと願う。知っていたつもりで知らなかった。当たり前のように「いってきます」と出かけて、「ただいま」「おかえり」と帰ってくることがなくなってしまう悲劇があるってことを。  「……僕、いつか迷子を送り届ける専門の会社を作りたい」 生きていても、死んでいても帰りたい場所に帰りたいのは同じはずだ。そんな無謀(むぼう)なことをと怒鳴(どな)ろうとした父を母が止めた。じっと大夢を見つめ、深いため息ひとつ。  「じゃあ、強くもならないとね。そんな社長が家に帰って来られないなんて事態(じたい)にならないように。……やってみればいいわ」  「母さん⁉」  「下手に止めるより、挑戦させた方が良いわ。ただがむしゃらにやられるより、未来を意識することで対策を考えるようになった方が安全よ」  冷静な母の言葉に父は苦虫を噛み(つぶ)したような顔をして(だま)り込む。長い沈黙(ちんもく)の後、父は大夢を見てやっぱり大きなため息をついた。  「無謀だ、危険だと思ったら俺は全力で止める。中学も、高校も、大学も卒業しろ。遅刻で単位が足りなくなっても知らんからな」  厳しい言葉だが、事実上の許可だ。大夢は短く「頑張(がんば)る」と頷いた。母が肩を(すく)めて笑みが混ざった一言。  「明日からの期末試験、楽しみね」  大夢の顔が引きつった。一限目に当たりやすい国語が勉強不足な自覚はある。そして、明日の試験の最初も国語。(あわ)てふためいて自室に駆けだした。  「勉強してくる!」  一晩でどれくらい()められるかはわからないが努力はする。たとえ成績がイマイチでもそこも大夢の美点であった。
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