一章 高貴な依頼

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文官が立ち止まったその先には、遠近感が狂うほど大きな、黄色い二重庇をもつ建造物が見えた。 二角五爪の龍は天子の象徴だからつまり…… 「あちらが噂に名高い、乾黄宮(けんおうきゅう)でございますか?」 「然り。この乾黄門より先は――内廷(ないてい)。陛下のご自宅でございますな。ああ、後宮と言う者もあります。本官ども朝官は禁足となっとりますので、あとはあの宮人(きゅうじん)らが引き継ぎます」 文官の示す先には、煌びやかな襦裙の女子が待ち受けている。 襦裙には襞がたっぷりと取られている。服の無駄部分、それが襞だ。全身が無駄そのものであり、それが許されているのが後宮の住人――宮人だ。 宮人に着いて行こうとすると、後ろから呼び止められた。 ここまで案内してくれた文官は、はじめて、客に対する追従笑いを消して言った。 「このところ、よく庶人を宮中にご案内するが、貞人どのほどの暢気者は初めてです。宮中はそういう者から足元をすくわれる場所です。よろしいか、貴殿の役務は重大。気を引き締めて、しかとはげまれよ」
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