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準優勝
エレンはドラマ撮影の楽屋で、たばこを吹かしていた。手にはスマートフォン。ネットニュースだ。其処には、今度の「アイドル選手権2024年夏季大会」でライバルとされている、アゲルディのスキャンダルについて書かれていた。
お相手は、売れてもいない男性俳優だそうだ。勿論、差し向けたのはエレンである。
「ざまあみろ。アゲルディごときのクソ豚芋女が、私のライバルとかほざいてんじゃないわよ」
その夜、ようやく撮影が終わって帰ろうとしたエレンの背中を、ある音が追って来ていることに気づいた。
無論、マネージャーが送ってくれていたので、その音が聴こえだしたのは、家のすぐ前でのことである。
何かを引き摺り、道路のアスファルトを削るような、奇妙な音。
エレンはしばし逡巡したが、確認しないとどうにもならない。意を決し、玄関の手前で、パッと振り返る。
目に入ったのは、アゲルディの姿だった。
緑色の瞳に涙の膜を張って、両手に何か、大きなものを引き摺っている。其れが何か分かった時、エレンは喉から心臓が飛び出すかと思った。
左手に握っているのが錆びついた斧、右手に握っているのが、件の売れない男性俳優の襟元だった。因みに、彼の首から上はないので、その男性俳優であるかは、厳密には分からない。エレンのカンである。断面は赤黒い肉の間に、神経と骨の白が入っていた。親猫が仔猫を運ぶように、此処に来るまでの軌跡のように、血痕がアゲルディの足元まで続いている。
「エレンちゃん、どうしてあんなことしたの?」
アゲルディが泣きながら問いかけて来た。エレンは全身の鳥肌が立つのを感じた。
「……その男を差し向けたこと言ってんの!? 言っておくけどね、これくらい、誰でもやってるんだよ。ハニートラップに引っかかる方がバカなの。バカ女!」
叫ぶエレンに、アゲルディは瞬きもせずに、首を左右に振った。
「違うよ。メッセージの御返事をくれなかったことだよ」
そこでエレンは完全にフリーズした。いよいよ自分がおかしな夢を見ているのではないかと思った。
「御返事に五分も間があくなんてどうして? 私、ずっとエレンちゃんの御返事待ってたんだよ。スマホを握ったまま、何度も画面をフリックして更新して。一日中見てたの」
「それだけ……?」
「悲しいよ。エレンちゃんは、大事なお友達だと思ったのに」
たった五分、返事が遅れただけで、私は死ぬのか。
そう思うと足から力が抜けて、座り込んだところに、斧が振り上げられるのが見えた。その向こうにある街灯に、エレンが大嫌いな黒っぽい虫が集っていた。
それが、エレンが見た最期の光景であった。
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